第8話 毒草混じりの食べ放題セット

第8話 毒草混じりの食べ放題セット 01

 もこもこの寝間着を着て、ネコでありかつ幹部である5番殿は1人がけのソファに腰かけて足を揺らしていた。ピンク色を基調にした部屋にはゆったりとした音楽がかかっており、その口元では棒つきのキャンディーが揺れている。


 5番殿は目の前に山と積まれた書類を持ち上げては、目を通したものから「処理済」の箱へと投げ入れていく。その顔はぎゅっとしかめられ、お世辞にも機嫌がいいとは言えない状態だった。


「うーん、滅茶苦茶キナくさいなあ」


 最後の書類を「処理済」の箱に投げ入れて、5番殿はうーんと伸びをした。凝り固まっていた関節がぽきぽきと音を立てる。


「どこもかしこも真っ黒で、どこから銃弾が飛んでくるのかも分からないよ」


 食べ終わった飴の棒を少し離れた場所にあるゴミ箱に放り投げ、それから5番殿は背もたれにぐでんと体重をかけて仰向けのまま後ろを向いた。


「もうお手上げー。トガクちゃんー、私を癒してー」


 5番殿の背後にいたのは、彼女の部下であるトガクだ。トガクは5番殿の言葉には答えず、淡々と事実を述べた。


「5番殿、そろそろ女子会の時間でございます」

「えっ、やばっ。もうそんな時間!?」


 5番殿はソファからぴょんと飛び降りると、ふかふかのカーペットの上を裸足で走っていき、クローゼットを引き開けた。クローゼットの中にあるのは、可愛らしい服ばかり。その中から5番殿は茶色と白のワンピースを取り出すと、寝間着を乱暴に脱いでそれを被った。


「こちらはもう洗濯しても?」


 床に落ちた寝間着を拾いながらトガクは尋ねる。


「うん、よろしくトガクちゃん! いってきまーす!」


 5番殿は靴下と靴を履くと、ばたばたと騒がしく私室を出ていった。


 彼女の私室は特務課の研究所にある。時折すれ違う研究員に挨拶をしながら、研究所の廊下を軽い足取りで駆けていき、5番殿は女子会の部屋へと辿りついた。


 網膜認証の後、扉は開く。そこで待っていたのは一人の少女だった。


「お待たせ、トーちゃん! ここで会うのは久しぶりだねえ」


 からからと笑いながら5番殿は彼女に近付いていく。トーちゃんと呼ばれた少女は、5番殿に恭しく頭を下げた。





「チームを組め、ですか」


 5番殿から告げられた言葉に、トシヤは困惑の声を上げた。同室にはミィと17番、それから17番の相棒のロウが集められている。5番殿は深刻な顔を作って言った。


「そ。なんだか最近、ネコを狙う連中が跋扈してるみたいでね。一組だけでいるといざというとき対処しきれないから、しばらくチームで行動してもらうことになったんだよ」

「なるほど……。じゃあ俺たちはトシヤたちとのチームなんですね?」

「いんや、違うよ」


 ロウの問いかけに、5番殿は首を振って否定する。


「君たちの他にもう一組、チームに入ってもらう。……入ってきていいよ、二人とも!」


 5番殿が呼びかけると、入口の向こうに待機していたらしい人影が2人入ってきた。一人は二十代前半の若い男、もう一人はミィと同じ年ぐらいの幼い少女だ。


「自分はシンゴっていいます。よろしくお願いします!」


 シンゴは溌剌とした声で挨拶をすると、トシヤたちに対して深く頭を下げた。その足元には、シンゴの足に隠れるようにして少女がこちらを覗いている。


「ほら、33番。お前も挨拶するんだよ」


 そう促され、少女はおどおどと挨拶をした。


「あの、私、33番です。どうぞよろしくお願いします……」


 臆病な性格なのだろうか。震えながらのその言葉に、17番はため息まじりに、ミィは嬉しそうに挨拶を返した。


「……よろしくお願いします、33番」

「よろしくね、ミミちゃん!」


 33番をいきなり愛称で呼び出したミィに、トシヤは苦言を呈する。


「こら、ミィ。いきなりミミちゃんはないだろう」

「だって33番だからミミちゃんだもん! ミミちゃんもそれでいいよね?」

「はい……ありがとうございます」


 そう言うと33番は、ほんの少しだけ微笑んだ。どうやらその呼び名がお気に召したらしい。


「さあさあ、顔合わせも済んだところで、まずは親睦会にでも行ってきたらどうかな?」


 5番殿はトシヤの背中を低い位置からばしばしと叩きながら、そう促す。トシヤは困惑して5番殿を見下ろした。


「え? しかし……」

「ほら、お金はあげるから! 行っておいで行っておいで!」


 ぐいぐいと背中を押されて部屋から追い出される。トシヤは「この人、親戚のおばちゃんみたいだなあ」などと失礼なことを考えていた。

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