第8話 毒草混じりの食べ放題セット 05

 シジマは勝手に一人で納得すると、フォークを置いて姿勢を正した。トシヤも釣られて、食器をテーブルに置く。


「管理局が不定期に街の住民を連行しているのはご存知ですか」

「ああ」

「連行の理由は?」

「あまり詳しくは。ただこの街にとって不要な人間が連行されているということだけ」

「……そうですか」


 シジマは一瞬目を伏せ、躊躇ったような仕草をした後、トシヤに視線を戻した。


「この街の住民は誰もがカミガカリ病に罹患しているのはご存じですね」

「ああ。その抑制剤が街に降る灰なんだろう?」

「はい。……ですがその灰も万能ではないとしたら?」


 シジマはトシヤの目をじっと見る。嫌な予感が背筋を貫いた。


「定期的に現れるんです。灰に対して抵抗がついてしまった人間が」


 トシヤは言葉を失った。そんな、そんなことが現実にあるのなら、つまりそれは――


「彼らはいくら灰を摂取しても怪物へと変わることは止められない。つまり、何もしなくてもカミガカリ病を自然発症してしまうのです」


 そこまで言われればトシヤもシジマが何を言いたいのかはっきりと理解してしまった。息が苦しい。心臓が跳ね回るのを感じる。トシヤは顔を伏せ、拳を握りしめた。


「じゃああの時俺たちが殺したのは……」

「民間人です。ただ運悪く発症してしまっただけの」


 ぎりと奥歯を噛み締める。握りこんだ拳が震えている。傍らのミィが食べる手を止め、気遣わしげにトシヤを見上げてきた。トシヤは絞り出すようにしてシジマに尋ねた。


「ロウさんはそれを知ってるのか」

「はい。あの方は25年目のベテランですから」


 知っていてあの態度なのか。知っていてあの判断なのか! トシヤは行き場のない感情を堪えながら、震えるしかなかった。


「正義感がお強いんですね。……ですが」


 シジマは表情をさらに消して、トシヤを見た。トシヤもまた、シジマを見た。


「一度発症した人間は二度と元には戻りません。罪がないからといって放置すれば、さらに罪のない人々が巻き添えになることになります。……あなたはそれでいいんですか?」


 分かっている。シジマが話したことが事実ならば、ロウさんの判断は正しい。自分たち特務捜査官の任務は、発症者から街の住民を守ることなのだから。


 トシヤは自分を落ち着けるために大きく数度深呼吸をすると、シジマに対して深々と頭を下げた。


「話してくれて感謝する。ありがとう」


 シジマはしばしの沈黙の後、呆然とした様子で答えた。


「感謝されるとは思いませんでした」


 トシヤは顔を上げる。どういう意味かと目で問いかけると、シジマは言葉を繋げた。


「てっきり八つ当たりでもされるのかと思ったので」


 とことん失礼な奴だなこいつ。一言文句でも言ってやろうとしたその時、シジマは不意に穏やかに笑ったのだった。


「見た目によらず、実直な人間ですね、アナタ」


 トシヤは一瞬呆気にとられた後、何を言われたのか時間差で飲みこみ、不機嫌そうに顔をしかめた。


「見た目が怖くて悪かったな」

「怖いとは言ってないじゃないですか」


 飄々とシジマは答える。その様子がなんだか可笑しくて、トシヤは小さく噴き出してしまった。シジマもまたそんなトシヤを見て、小さく声を出して笑っているようだ。


 ――二人の持つ携帯端末が同時に震えたのはその時だった。二人はそれぞれで通話に出る。通話相手に簡潔に用件を伝えられてから、二人はたがいに目を見合わせた。


「……どうやら同じ現場のようですね」

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