第7話 人魚肉の焼肉ぱーちー 02

「先輩! 焼肉おごってくれるって本当ですか!?」


 トシヤの呼び出しに目を輝かせてやってきたのはトシヤの後輩にあたるテンジョウ・アマトだった。トシヤを見つけて駆け寄ってきたアマトは見るからに上機嫌で、彼に尻尾がついていたならきっとぶんぶんと振られていただろう。


「ああ、好きなだけ食べるといいぞ」

「マジっすか! ゴチになりま――げっ! ネコ!?」


 いそいそとトシヤの向かいに座ろうとしたアマトは、トシヤの陰にミィが座っていることに気付くと軽く飛び退った。ミィとの出会いの話を以前したはずだが、まだネコへの苦手意識は拭えていないようだ。ミィはそんなアマトを見ると、白米を頬張りながら首を傾げ、トシヤは新しい肉を網の上に置きながら、警戒態勢に入ってしまったアマトを宥めた。


「取って喰われるわけでもないんだ。そろそろ慣れろ」

「ええー、でも怖いものは怖いんすよ……ネコと同席するとか……」

「そうか。じゃあこの肉は要らないんだな」

「い、要ります要ります! 食べますって!」


 焼肉をちらつかせると、アマトは慌てて席についた。扱いやすくて助かるなあ、とか思いながら、トシヤはアマトへと肉を勧める。


「ほら、そこの肉、もう焼けてるぞ」

「ありがとうございます! いただきます!」


 勢いよく手を合わせると、アマトはタレの皿を出してきて、網から取った肉にタレをたっぷりつけて頬張った。心底嬉しそうに肉を食べるアマトに、普段どんな食生活をしているんだと不安になりながらも、トシヤはここに至る経緯を軽くアマトに説明した。


「ええっ! さっきまでトガクさんここにいたんすか!?」


 三枚目の肉を飲み下した後、アマトは素っ頓狂な声を上げた。かと思えば、拗ねたような声色でトシヤに怒り出したのだった。


「なんで呼んでくれないんですか! もー!」

「呼んだだろ、今」

「遅いんですよー!」


 ぷんぷんと怒るアマトを宥めるように、トシヤは新しく焼けた肉をアマトの方に寄せてやる。アマトはそれを受け取ると、心底美味しそうにそれを噛み締めた。


「お前、なんでトガクさんのこと好きなんだ? お前の性格的にはあの人むしろ怖がる部類の人だろう」

「今、暗に俺のことビビりって言いました?」

「事実だろう」

「事実ですけどー」


 ぶつぶつと言いながらも肉を食べる手は休めない。若さを感じるその食べっぷりによってあっという間に網の上の肉は無くなった。


「トシヤ、次これー!」


 ミィが目の前に置いてあった皿を掲げる。皿の上には量は少ないが、きれいに並べられた肉が鎮座していた。


「特上カルビー!」


 トシヤは軽く頷くと、ミィの持つ皿から特上カルビを網の上に並べていった。よく熱された網に触れるたびに、じゅっと美味しそうな音がカルビから響いてくる。あぶられた肉からは油がぽたぽたと垂れ、網の下の炭をさらに燃え上がらせた。


「いやー、実は俺、ガキの頃に誘拐されてた時期があるんすけど」

「は?」


 突然つっこまれてきた重くて不穏な話題に、トシヤは間抜けな声を出して、肉から顔を上げる。


「そこから俺を助けてくれた人がトガクさんに激似なんすよ。その人の名前もトガクっていうらしいんすけど。ていうか俺、その人に会うために特務部に入ったんすけど、そこで俺らの上司のトガクさんと出会ったときはもはや運命を感じましたよね」


 沈黙の中で、ぱちぱちと炭が爆ぜる音が響く。


「不思議なこともあるもんすよねえ」


 メニューを覗きこんでいた顔を上げて、アマトはしみじみとそう言う。


「アマト、お前それ……いやなんでもない」


 トシヤは真実を指摘してやるべきかやらないべきか迷い――説明が面倒だったので止めた。その代わりに誤魔化すようにアマトによく焼けた特上カルビを差し出した。アマトはそれを受け取り口に運んだ。


「だから俺はトガクさんに、えっと、その、これ……」


 喋りながら咀嚼していたアマトは、徐々に声を小さくすると、無言でもぐもぐと口を動かし、名残惜しそうにごくりと肉を飲みこんだ。


「……美味い…………」


 呆然とアマトは言う。トシヤも自分用に取っておいた特上カルビを皿に置き、タレを少しだけつけて口に運んだ。口の中に入れた途端、じゅわっと熱々の脂が溶け出す。噛めば噛むほど肉の味わいが染み出てきて、それでいて固すぎず柔らかすぎない。流石は培養合成肉でも培養牛でもないといったところか。


 トシヤがミィにも特上カルビを取ってやっていると、ようやく余韻から戻ってきたらしいアマトが騒ぎ出した。


「なんですかこれ熱いお肉が舌の上でとろっと……なにこれ肉!?」

「お前の語彙は本当に貧困だな」

「えへへ、それほどでも」


 箸を拳で握りしめながらアマトは照れ笑いをする。褒めてないし、ついでに箸の持ち方が汚い。でもそれを指摘するのも面倒だったので、トシヤはそのまま話を進めることにした。


 もう逃げ出せないほどに十分にアマトも肉を食べただろう。これでこいつも共犯者だ。


「実はかくかくしかじかでな」


 封筒を出しながらトガクから依頼された任務の内容を説明してやると、アマトは最初もぐもぐと口を動かしながら聞いていたが、やがて事情を察したのか、さっと顔を青ざめさせた。


「えっ、てことはこの焼肉――」

「食べたな? これでお前も作戦部隊の一員だ」

「ええー!?」

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