第6話 任侠・義理親子丼物語 05
組員たちに連れられてやってきたのは、眼鏡をかけたビジネスマン風の男だった。しかし、拳銃を突きつけられて、囲まれているというのに、その男は顔色一つ変える様子はない。
「どうも、コンニチハ。ホウライ商事のナカタと申します」
ナカタは大きくお辞儀をすると、ゼンキチに名刺を手渡してきた。ゼンキチはそれを受け取ることはせずに、ナカタを険しい目で見下ろした。
「御託はいい。テメエらがうちのシマにヤクを持ち込んだってのは本当なのか。冗談だったらただじゃ済まさねえぞ」
「ほほほ、冗談なわけないでしょう。こちらは本気も本気、大真面目です」
どこかおどけたようなナカタの口調に、周囲の組員たちの雰囲気はさらに剣呑なものになる。ナカタはそんな彼らを両手で押しとどめて笑った。
「まあまあ、そう熱くならないでくださいよ。私はあなた方とビジネスの話をしにきたのです」
「ビジネスだぁ?」
「はい。その前にまずはお詫びを。私どもの傘下の下っ端がそちらのシマでご迷惑をかけまして、大変申し訳ありませんでした」
ナカタは深々と頭を下げる。素直に謝られたゼンキチたちは意表をつかれ、何も返すことができなかった。そのまま場は一気にナカタのペースへと引きずられてしまう。
「ですがあれは下っ端どもが勝手にやったこと。既に関係者の処断も済んでおります」
懐から写真を取り出し、ナカタはゼンキチにそれを手渡す。そこには報告にあったヤクを持っていた男たちが――正確にはその死体が全員分写っていた。ここまで確たる誠意の証拠を見せられては何も言えない。ナカタは頭を上げると、ぱんと手を叩いた。
「さて、ここからがビジネスの話なのですが、私どものホウライ商事とあなた方モトウオ組。手を組みませんか?」
「……手を組むだと?」
「端的に申し上げればそうですね、私どもはヤクを提供する。あなた方はヤクのルートを提供する。あなた方にはご迷惑もおかけしましたし、特別に客への売値の半分で販売させていただきます。どうです? 悪い話ではないでしょう?」
一方的に条件をまくしたてられ圧倒されていたゼンキチだったが、そこでナカタが言葉を切ったのをいいことに、自分のペースに持ち込もうと熟考し始めた。ナカタもそれを邪魔することはなく、数分後、ゼンキチは口を開いた。
「俺の一存じゃ決められねえ。本部に指示を仰がせてもらう」
結局ゼンキチにはそう答えることしかできなかった。忌々しいが、コイツの言っていることは魅力的だ。ここで断ってしまえば、あとで上から責任を追及されるかもしれない。
ゼンキチの答えに満足した様子のナカタはにっこりと笑うと、優雅に一礼してそのまま立ち去ろうとした。
「ええ、そうなさってください。それでは私はこれで失礼します」
「待ちな」
ゼンキチが合図をすると、組員たちはナカタの周りを取り囲んだ。
「ただで帰すわけねえだろ。テメエは人質だ。俺たちはテメエらを信用したわけじゃねえからな」
「ほほほ、それはいい考えです。いいでしょう、私は喜んで人質になりましょう」
*
三日後、上からの返事を携えたゼンキチと、ナカタの上司だという人物の会合が行われることになり、トシヤとヤスゴは先んじて露払いに出かけていた。すなわち、周辺に爆弾のようなものがないか調べる仕事だ。
「しかし妙な奴らだよな。てめーらが勝手やったからって、あそこまで下手に出てくるなんて」
ぶつぶつと呟きながら、ヤスゴは路傍に落ちていた段ボールをひっくり返す。不審なものはどこにもないようだ。
「お前も怪しいと思うよな、トシヤ?」
「……そうですね」
同意を求められ、トシヤは小さく答える。ヤスゴは段ボールを投げ捨てると、トシヤの肩を叩いて歩き出した。
「さ、戻ろうぜ。そろそろ相手が来ちまう」
しかしトシヤはヤスゴの後を追おうとはしなかった。
「トシヤ?」
不審に思ったヤスゴは立ち止まり、トシヤを振りかえる。トシヤはヤスゴから数歩離れた場所で目を伏せた。
「すまない、ヤスゴさん。俺は行けません」
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