第6話 任侠・義理親子丼物語 04

 翌週、トシヤたち若い衆は事務所へと集められていた。トシヤたちの前にはゼンキチが立ち、若い衆を剣呑な雰囲気で睨みつけている。


「知ってる奴もいるかもしれねえが、うちのシマで妙なヤクが出回ってる。出所を探してんだが一向に見つからねえ」


 捜索に関わっていた奴らなのだろう。若い衆のうちの数人が不甲斐なさそうに視線を下げる。


「どこの誰だか知らねえが、こんななめた真似を許すわけにはいかねえ」


 ゼンキチは拳を振り上げ、若い衆に唾を飛ばした。


「どんな些細な情報でも構わねえ。草の根を分けてでも探し出せ!」

「はい、兄貴!」


 若い衆たちは大声でそれに答え、我先にと事務所のドアから立ち去っていく。トシヤもそれに続こうとしたが、急に肩を掴まれ引き留められた。


「おい、トシヤ、お前はここに残れ」


 振り返るとそこにいたのは険しい顔をしたゼンキチだった。トシヤは顔を引きつらせながらも「はい」と返事をして、ゼンキチに向き直った。ゼンキチは真っ黒なソファに腰を下ろすと煙草を取り出して、トシヤに視線をやった。


「火」

「……あっ、はい! 只今!」


 トシヤは慌ててライターを取り出すと、ゼンキチのそばに膝をつき、煙草に火をつけた。ゼンキチは煙草の煙を吸い込むと、大きなため息とともにそれを吐き出し、トシヤに向かいのソファを指し示した。


「まあ、座れや」

「はいっ」


 緊張した面持ちでトシヤはソファに腰を下ろす。ゼンキチは煙草をくわえると、再び大きく煙を吸って吐き出した。二人の間に沈黙が流れる。トシヤは背中に流れる冷や汗を感じていた。


 たっぷり五分はそうしていた後、ゼンキチは唐突に切り出した。


「お前、最近ヤスゴとよくつるんでるみてえじゃねえか」

「は、はい」

「……仲が良いのか」

「はい、まあ、よく世話してもらっています」

「そうか」


 そう言うとゼンキチは再び沈黙し、煙草をくわえた。そして長い長い沈黙の後、顔を伏せたまま口を開いた。


「トシヤ。……ヤスゴをよろしくな。お前は逆だと思うかもしれねえが、あいつは危なっかしいところのある奴だからな、たまに気にかけてやってくれ」


 トシヤは一瞬きょとんとした顔をした後、思わずふふっと噴き出してしまっていた。そんなトシヤをゼンキチはぎろりと睨みつける。


「何が可笑しい」

「あっ、いえ、その」


 しどろもどろになりながらもトシヤは言葉を探し、しばらく唸った後に素直な感想を口にしてしまった。


「……兄貴ってまるで過保護な親父さんですね」

「う、うるせえ! 心配なんだから仕方ねえだろ!」


 ゼンキチは一気に顔を真っ赤にすると、目を逸らして煙草を噛み始めた。その様子が余計に可笑しくて、トシヤはいつの間にか緊張が解けていくのを感じていた。


「こんなヤバい世界だろ。あいつが成長するのは嬉しいけどよ、不安でもあるんだ」


 煙草を灰皿に押し付けながらゼンキチはぽつぽつと語り始める。


「トシヤ、お前、本当はシャバでのパイプ持ってんだろ」


 唐突にそう問われ、トシヤは身を強張らせた。ゼンキチは軽く声を出して笑った。


「分かるんだよ、こういうのの匂いはな」


 そう言って鼻をとんとんと叩くゼンキチにトシヤはどんな表情をすればいいのか分からずに困り果てた顔をした。


「だからもし、もしもだ。――ヤスゴがヤクザを辞めるってなったら、その時はお前、何かしらの便宜を図ってやっちゃくれねえか」


 何を言われたのかトシヤは一瞬分からなかった。そして、その言葉の意味を理解した後にも、信じられないという目でゼンキチを見てしまった。しかしゼンキチはそんなトシヤに頭を下げるのであった。


「頼む」


 この事務所のトップの若頭に頭を下げられ、トシヤは混乱しながらも、彼の頭を見つめた。この人は本気だ。本気でヤスゴのことを案じているだけなのだ。


「……分かりました」


 トシヤは静かに首肯し、ゼンキチは頭を上げた。そんなゼンキチの目をしっかりと見て、まっすぐにトシヤは答えた。


「約束します」


 その言葉を聞いて、ゼンキチは見るからに安心したという顔をすると、不意に意地の悪い表情になってトシヤにニッと笑いかけた。


「それはそうとトシヤ。……俺たちを裏切ったら承知しねえぞ」


 その言葉に込められた圧を感じ、トシヤは冷や汗をかきながらもそれに答えた。


「分かってますよ。今は組一筋です」

「ならいいんだ」


 ゼンキチは機嫌よさそうな顔で背もたれに体を預けた。トシヤもまた、一気に緊張が解けて、大きくため息を吐いた。二人の間にどこか和やかな空気が流れる。


 しかしその時、突然若い衆がドアを開けて飛び込んできたのだった。


「大変です、兄貴!」

「なんだ、騒々しい」


 眉間にしわを寄せてゼンキチは問いかける。若い衆は息を切らしながら、外を指さした。


「ヤクをさばいてる元締めだっていう奴が事務所に来て……!」

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