第6話 任侠・義理親子丼物語 03

 一週間後、寒さもさらに深まり、灰に混じって雪もちらつきだした日。事務所の階段を上っていたヤスゴはちょうど階段を下りてきたトシヤと鉢合わせた。


「よ、トシヤ! 今日はお前が護衛の日か」

「はい、まあ」


 トシヤは曖昧な返事をする。ヤスゴはトシヤと一緒になって階段を下り始めた。


「つってもお前みたいな新入りはパシリからだけどな!」

「はい、ちょうどパシリを任されたところです」


 そのまま古びたコートを着こんで外に出ていこうとするトシヤを、ふと見咎めたヤスゴは押しとどめた。


「なあ、大丈夫か? 顔色悪いぞ?」

「平気です。ちょっと緊張しているだけで」


 その割には目は泳いでいるし、やっぱり顔色も良くない。こういう暴力沙汰には慣れていないんだろうか。この見た目で。

 ヤスゴは一人納得すると、トシヤの背中をバンと叩いた。


「よし、大丈夫だって、俺がついていってやるから!」


 トシヤは、え、と間抜けな声を出して振り向いた。ヤスゴはにこにこ笑ってそれに答える。


「ヤスゴさん、護衛はいいんですか?」

「ああ、俺は今日は非番なんだよ。だから気にすんなって!」

「非番ならなおさら……」

「いいんだよ。お前本当にいい奴だな。ちょっとぐらい先輩面させろって。な?」


 にっと笑ってやるとそれ以上何も言えなくなったのか、トシヤはおずおずと頷いた。ヤスゴは満足げに頷き返すと、トシヤを先導してビルの外に出た。


「で、どこにパシられたんだ?」

「ヤバト町のクラブからの集金の応援だそうです」

「あー、あそこかなり滞納してたからなあ。今日で多分片をつけるつもりだろうよ」


 ヤスゴはフードをかぶりながらやれやれと首を振る。ふと見上げると、空からはやはり雪が降ってきているようで、ヤスゴはコートの前を閉めて襟に顔を埋めた。


「あそこにはこっちの道が近いぜ」


 つれられるままにトシヤはヤスゴと裏道へと入っていく。雑踏が遠ざかり、心なしか肌に当たる空気も冷たくなる。二人とも無言だったが、ヤスゴは不思議とその無言が嫌なものには思えなかった。しかし少し歩くと、そんな道を塞いできた人間がいた。


「よう、クソガキ。この前は舐めた真似してくれたじゃねーか」

「あ、お前らこの前の」


 思わず指を指してヤスゴは言う。そこにいたのは一週間前喧嘩を売ってきた、あのチンピラたちと、見知らぬ大柄の男二人だった。


「知り合いですか?」

「いやー、この前喧嘩売ってきたこいつら伸しちゃってさ」

「なるほど」


 緊迫した様子も見せず、ほのぼのと話し合うトシヤとヤスゴに逆上したのか、チンピラたちは声を荒げてきた。


「てめえらなめくさってんじゃねえぞ!」

「やっちまってください、兄貴!」


 チンピラたちの声にこたえるように、大柄の男たちが指を鳴らしながら近づいてくる。ヤスゴは身構えた。


 男の一人がヤスゴに殴り掛かってくる。大ぶりのそれをヤスゴは身を引くだけでかわした。図体はでかいが、そこまで喧嘩慣れはしてないな。こちとらこの十年、荒事の中にいつづけたんだ。なめてもらっちゃ困るぜ。


 続けて殴りつけてきた拳を踏みこんでかわし、顎の下から強烈な一撃を叩きこむ。男は数歩よろめいた後、尻餅をついて倒れ込んだ。きっと脳が揺れたのだろう。これでしばらくは立てないはずだ。


 ふと隣を見ると、トシヤが大柄の男の腕を取り、その重そうな図体を背負い投げたところだった。


「おお!」


 トシヤはそのまま地面にたたきつけられた男の肩を取って、関節を極める。ヤスゴははしゃいだ顔でトシヤに声をかけた。


「すげーなトシヤ! 今のアレだろ! 柔道ってやつだろ!」


 力をこめ、トシヤは男の肩を外す。ごきっと嫌な音がした後、男は痛みで地面を転がりまわった。


「どっかで習ってたのか?」

「昔ちょっとだけかじっていたことがあって……あとは我流です」

「そうかー。才能だなあ」


 しみじみと言いながらもヤスゴは足元の男の腹を蹴り上げる。残されたチンピラたちは逃げようとしたが、そのうちの一人をヤスゴはとっつかまえて、一撃で昏倒させた。


 そしてヤスゴは、倒れたチンピラの懐を探り始めた。トシヤは戸惑ってヤスゴに声をかける。


「ヤスゴさん、何を……?」

「何って財布漁ってるに決まってるだろ。有り金全部と身分証頂いて、後できっちり落とし前つけてもらわないとな」


 二つ折りの財布をチンピラの懐から取り出すと、ヤスゴはその中身を数えはじめた。


「トシヤ、そっちの鞄見てくれ」

「……はい」


 トシヤは戸惑った表情のままではあったが、チンピラたちが置いていった鞄に歩み寄り、そのジッパーを引き開けた。

 そこにあったのはビニール袋に入った、十数袋の白い粉だった。


「ヤスゴさん」


 トシヤに呼ばれてヤスゴも鞄に歩み寄る。そしてその中身を見て眉をひそめた。


「何だこれ、粉か?」

「……ヤクですかね?」

「かもな」


 真剣な面持ちでヤスゴは粉を検分する。しかし見た目だけでは分かるはずもなく、ヤスゴは立ち上がり、携帯端末を取り出した。


「とにかく上に連絡すべきだろうな。うちのシマでうちが関与してねえヤクが出回ってるってんならコトだぜ」


 ヤスゴは事務所の番号をコールしてトシヤに背を向ける。電話越しに簡潔に状況を伝え終わり、振り向こうとしたとき、背後でかちりと何かが押される音がした。振り向くとトシヤは右手に嵌めた大きな指輪をいじっているところだった。


「トシヤ? その指輪がどうかしたか?」

「い、いえ、ちょっと殴った拍子に傷がついたかなと思って……」

「なんだ、そんなに大事な指輪なら家に置いてきた方がいいぞー。俺たちは荒事専門なんだから」


 粉の袋を鞄に詰め直し、さらに情報がないか倒れた男たちの持ち物を調べていると、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。しかもどうやらパトカーはこちらに近付いてきているようだ。


「げっ、サツだ!」


 恐らく自分たち目当ての出動ではないだろうが、検問でもされたらまずい。ヤスゴは慌てて鞄を持って立ち上がると、トシヤの背中を叩いて促した。


「行くぞトシヤ! 粉なんて持ってるの気付かれたらこっちまでおしまいだ!」

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