第5話 25年目のオムライス 04

「お客様にはこれが合うんじゃないかしら?」


 レースのついた白くて大きな襟。ゆったりと膨らんだ袖。スカートの裾の少し上には一本のレースがぐるりと縫い付けられている黒いワンピース。


 店員からそれを手渡され、あれよあれよと言う間に私は試着室へと押し込められてしまっていた。外にはトシヤと31番。カーテンは閉められ、もはや逃げ場はない。


 ――これは上官命令なんだ。仕方ないんだ。


 ぐっと顔をしかめた後、私はワンピースに袖を通した。


「こ、こんなもの……私には似合いません……」


 カーテンにしがみつき、半身だけを表に出して私は主張する。しかしトシヤと31番は首を振ってそれを否定するのだ。


「いや、似合ってる」

「うん! イナちゃんかわいいー!」

「はい。よくお似合いですよ、お客様」

「だそうだ。それでいいか、17番?」

「嫌です! もっと地味なのに変えてください!」


 私の必死の叫びにも、トシヤは肩をすくめるばかりだ。


「これ以上地味なのはあるか?」

「いえ、お客様のお召しになっているものが当店で一番地味なものになっておりまして……」

「だ、そうだぞ」

「うう……」


 あくまで抵抗を続ける私に対して、トシヤは仕方なさそうにため息を吐いた。


「あーできれば言いたくなかったんだが……」

「なんですか」

「……『ロウさんもきっと喜ぶぞ』」


 私は言葉を失った。ずるい。そこでマスターの名前を出してくるなんて。私は赤く染まる顔をカーテンに押し付けて、渋々ながら店員に言った。


「この服ください……」





「おお、可愛いじゃないか! 流石、トシヤとミィミィだ! 目が肥えてるねえ!」

「ちがうよ! 選んだのは店員さん!」

「お店を選んだのは君たちだろう? いやあいい趣味してるねえ」

「……それって褒めてます?」


 ワンピースを着たまま研究所に連れて帰られた私を待っていたのは、ひどく上機嫌な5番殿の姿だった。


 強面の男が三人の少女に囲まれて眉を下げているという状況はいささか愉快ではあったが、今はそれどころではない。なんとかしてここから逃れられないか俯いたまま思考を巡らせていると、5番殿は優しく私の手を取ってきた。


「おいで、イナちゃん。私が直々に髪を結ってあげよう」


 ほらほら、と手を引かれて私は5番殿に更衣室へと連れ込まれる。鏡の前に座らされ、5番殿はどこからか櫛と可愛らしい小さなヘアピンを持ってきた。


「5番殿、あの……」

「ごーちゃんと呼びなさいっていつも言ってるでしょ」

「できません。5番殿は上官ですから」


 頑なに拒否すると、5番殿は「仕方ない子だね」と苦笑いをした。


 小さな櫛が髪に通され、5番殿は私の左側の髪だけを編みこみはじめる。私が抵抗せずにされるがままでいると、5番殿は顔を上げないまま尋ねてきた。


「君はさ、ミィミィがなんであんなに明るいか知ってる?」


 私は少しためらった後、わざと5番殿を見ないようにしながら淡々と答えた。


「幼いままでいるようにわざと精神が調整されているからです。……余計なことを考えることができないように」

「そう。そして君にはその調整がされていない」


 一体何が言いたいのか。跳ね上がる心臓の音を感じながらちらりと視線を上げると、鏡越しに5番殿と目が合った。


「17番。君は31番のことを哀れだと思うかい? それとも羨ましい?」


 全身に震えが走った。哀れ、だとは思っているのだろう。だけど羨ましい? どこにあいつを羨む要素があるというのだ。確かに性能としては私よりあいつの方が上だ。だけどそれは性能だけのこと。精神ならば私の方が上――のはずだ。


 じゃあなんで、私は震えているんだ。


「よし、できた!」


 嬉しそうな声を上げて5番殿は私の髪から手を放した。しかし私は立ち上がることができずにいた。


 5番殿はそんな私の前に回り込み、私の両手を包み込むように取った。


「イナちゃん、やはり君には感情のメンテナンスが必要だ」

「メンテナンス、ですか」


 言われた意図が分からず、私は5番殿の言葉を繰り返す。5番殿は私の手を慈しむように何度も撫でた。


「他者と触れあえば感情は揺れ動く。どんな生き物だってそうだ。……そして一度揺れ動いた感情はなかったことにはできない」


 いつもは悪戯っぽく笑んでいる5番殿の真剣な眼差しを受けて、私は跳ね回っていた心臓が落ち着いていくのを感じていた。


「要はガス抜きだよ。楽しんでおいで、イナちゃん」

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