第5話 25年目のオムライス 03

「服を買いに行け、ですか」

「そうそう。イナちゃんがデートに行くからね。それにふさわしい服を見繕ってやってほしい」


 ここは女子会をしている間、ネコの捜査官たちが待つ待合室。そこでロウとトシヤは待っていたのだが、5番殿はロウだけを追い出して、トシヤにそう告げたのだった。


「お金はこっちで出すからさ」

「はぁ、いいですが、何がどうしてデートなんて……」

「おやおや、知らないのかい? 女子会の内容は詮索無用なんだよ?」


 女子会は捜査官の目を気にせずに捜査官からの不当な扱いを告発できる場でもある。その性質上、女子会で何が話されたのかは、ネコと監査官以外誰も知ることはできないのだった。トシヤが黙り込むと、5番殿はトシヤに屈むように指示して、その耳に顔を寄せた。


「もしイナちゃんが駄々をこねたらこう言うといい」


 ひそひそと何事かをトシヤに耳打ちする。どうやらろくでもない内容だったらしく、トシヤは5番殿のことを微妙な表情で見た。





 バスに揺られて「灰の街」の繁華街へと向かう。バスを降りてフードをかぶったトシヤは、私を見下ろして尋ねてきた。


「一旦、朝ごはんを食べてからにしたいんだが構わないか?」

「……好きにしてください」


 つっけんどんに答える。31番はトシヤを見上げて言った。


「おうち帰るの?」

「いや、どうせ繁華街まで戻ってくるんだ。喫茶店にでも入って食べよう」

「喫茶店! モーニング!」


 31番は軽く飛び跳ね、トシヤの手を取った。そしてそのまま歩き出すかと思いきや、トシヤは私に向かって手を差し伸べてきたのだった。


「17番も手繋ぐか?」

「必要ありません。その喫茶店とやらはどこですか。さっさと行きますよ」


 その手を無視して、私は歩きはじめる。トシヤは行き場のなくなった手を引っ込めると、私たちの歩みに合わせてゆっくりと歩き出した。


 その後は思いのほか静かな道中だった。31番は無駄にはしゃぎまわることもしなければ、どこかに走り出してしまうこともない。街中でそんなことをすれば捜査中の身としては目立つからだ。


 いつもこうやって振る舞っていればいいものをどうして我慢が出来ないのか。私は内心あきれ返っていたが、同時にその理由も理解していた。


 理由は分かりきってる。だって彼女は――


「ああ、あった。ここにしよう」


 トシヤが不意に声を上げる。視線を上げると、そこには控えめにちかちかと光る喫茶店の看板があった。


「モーニングのAセットで」

「ミィはB!」


 メニューを開いて2人は注文をする。店員はそれを伝票に打ち込むと、私に視線を向けた。


「そちらのお嬢さんは……」

「私はおなかが空いていないので結構です」


 冷たい口調で言うと、店員はたじろいだようだった。すかさずトシヤは言葉を繋げた。


「すみません、水だけいただいていいですか?」


 ほどなく運ばれてきたモーニングとやらは、トーストと卵料理のセットのようだった。


 クローンによる培養肉が主なタンパク源であるこの街において、卵をわざわざ食事に使うというのは考えてみればナンセンスだ。しかし、あらゆる料理に卵は欠かせないものとなっているため、食の復古主義が起こって以来、卵だけは昔ながらの方法で採取されているのだった。


 しかし、私は卵というものに嫌悪感を抱いていた。正確には卵というものを食べることに対してだ。隣に座った31番が、ナイフを使って目玉焼きの黄身を潰している。生まれるはずだった命を潰して食べている。


 私はあの羊水の匂いを思い出し――目の前に置かれた水へと視線を落とした。

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