第4話 愛と妄執の引っ越し蕎麦
第4話 愛と妄執の引っ越し蕎麦 01
――これは、ミィとトシヤが出会って数ヶ月後。若さ故に犯してしまった過ち。ほろ苦い思い出の話である。
*
幌のついた軽トラックが、重いエンジン音を響かせながらとあるアパートの前へと止まる。トラックを迎えたのは身長180cmを超える特務捜査官の男性、トシヤだ。
トシヤは引っ越し用のトラックを迎えると、引っ越し作業員たちに指示を出して、新居へと家具を運び入れはじめた。そんなトシヤの隣では、ミィが不思議そうな顔をしてそれを見守っている。
特務捜査官とネコはその任務の特殊性、そして不老であるネコの特異性から、一つのところに留まることができない生活を送っている。最長でも2年、短ければ数ヶ月で住居を変え、町中を転々とすることが定められているのであった。
今回はトシヤとミィが相棒になって初めての引っ越しだった。特務部によって選ばれた2人の新しい部屋はそれまで2人が住んでいた部屋よりずっと狭い、三階建てのアパートの二階の部屋だった。
必要最低限の家具はあっという間に作業員たちによって部屋の中に並べられ、トシヤとミィはプラスチック製の
引っ越し費用や家賃は特務部が払ってくれるが、流石に引っ越しの手伝いまではしてくれない。機密があるため作業員に細かい作業を任せるわけにもいかず、トシヤは一度大きなため息を吐いた後に腕まくりをして荷物をコンテナから出し始めた。
2人分の食器、2人分の着替え、保存食、ホロテレビ――
「トシヤ、トシヤ!」
「なんだ」
「ミィも手伝うー!」
トシヤが顔を上げると、そこには片手を上げてやる気満々な表情をしたミィの姿があった。その様子に若干の不安を覚えながらも、トシヤはコンテナのうちの一つを指さした。
「そこのコンテナから自分の荷物を出しなさい。あまり散らかさないようにな」
「はーい!」
元気な返事をしてミィはコンテナの中から自分の荷物を取り出していく。
絵本、知育玩具、こっそり貯めているお菓子の山――
散らかすなと言われた通り、多少整頓されて荷物は出されていくが、なかなか綺麗に並べるというのは難しく、ミィの荷物は床に散らばっていった。
そろそろおもちゃ箱を作るべきかと思案しながら、トシヤも荷物を次々に開けてはしまっていく。
片付け続けること数時間。やっとのことでコンテナを畳み終わった2人は、椅子に腰かけて麦茶を飲んでいた。何回も煮出した後のティーバッグを使っているのでかなり味は薄いが、トシヤとしては長年慣れ親しんできたこの味の方が濃い麦茶よりも口に合った。
「麦茶美味しいねえ」
「飲み終わったら隣に挨拶に行くぞ」
「あいさつ?」
「引っ越し蕎麦を持っていくんだよ。これからよろしくお願いしますってな」
「やったー! ミィ、おそば大好きー!」
「……お前が食べるんじゃないぞ」
「えっ、違うの……?」
ショックを受けた顔でミィはトシヤを見る。トシヤは買っておいた引っ越し蕎麦を取り出してきた。
「お隣さんにこれを渡すんだ。俺たちは、食べないんだよ」
ミィにも分かるようにゆっくりと言い聞かせる。それでもミィは納得いかない様子で、トシヤの顔をじっと見てきた。
「食べないの……?」
「食べない。おねだりしても無駄だぞ」
冷たく突っぱね、トシヤは引っ越し蕎麦を持ち上げた。
「俺は隣に蕎麦を渡してくるからな、ミィはここで留守番してなさい」
「留守番……」
「落ち込んでもダメだ。連れていかないからな」
そのまま立ち上がり、玄関へと向かう。ブーツを履いていると、ミィはトシヤに駆け寄ってきた。
「おそばー!」
「ダメったらダメだ。いい加減諦めなさい」
追いかけて靴を履こうとしているミィの目の前で、トシヤはぴしゃりとドアを閉める。
トシヤとミィが引っ越してきたのは、アパートの角部屋だった。自然と隣の部屋は一つになる。時刻は午後7時頃。隣人が帰宅していてもおかしくない時間だ。トシヤは隣の部屋のドアの前で立ち止まると、呼び鈴を一回だけ押した。
ピンポーンと明るい音が鳴り、ややあってばたばたと中から足音が聞こえてくる。数十秒後、がちゃりと音を立ててドアは開き、中から現れたのは――髪から水を滴らせた浴衣姿の女性だった。
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