第3話 ハロウィン式悪霊の丸焼き 04(終)

 ハロウィン当日、2人は地下鉄を乗り継いでパーティの会場へと辿りついた。トシヤは普段のコートの下に縦セーターというラフな格好なのに対し、ミィはしっかりとハロウィンの仮装を着こんでいる。


 短い黒のローブにオレンジ色のかぼちゃパンツ。鞄に入れて持ってきた魔女の帽子をかぶって魔法の杖を持てばもう立派な魔女見習いだ。


「ヨシルくん!」


 パーティ会場に入った辺りで、ミィは声を上げる。どうやらヨシルを見つけたらしい。そのまま駆け出そうとして立ち止まり、ミィはトシヤの方を振り返ってきた。


「遊んできていいぞ。俺はここで待ってるから」


 トシヤが許可を出すと、ミィはパッと表情を明るくしてパーティ会場に駆けこんでいった。その手には昨日作ったかぼちゃクッキーの入ったかごが揺れている。


 その様子を目を細めて見送ると、トシヤは会場の壁に凭れかかり、そっと耳につけた通信機へと手をやった。


「そっちはどうだ、アマト」

「ビンゴっすね。教団の連中が動いてます」


 教団。九尾の狐のマークを掲げて活動する秘密結社。人知を超えた怪物である「発症者」を崇拝し、「発症者」に喰われることによって人は救われるとする宗教組織だ。そのマークがくだんのチラシに載っていたことに気付いたトシヤは調査と応援を特務部に要請していたのだった。


「奴ら、お菓子に混ぜて『ヒミコ』を配ろうとしてたっぽいっす。先輩のこういうことへの嗅覚ってもはやネコ並ですよね」

「阻止できそうか?」

「してみせますよ。俺を誰だと思ってるんですか」

「助力が必要ならすぐに言ってくれ。ミィを連れて急行する」

「そんな野暮なことは言いっこなしですよ。折角の休暇なんですから、先輩も楽しんできてください」


 通信機の向こう側でアマトは笑った。その後ろでは忙しないタイピング音が響いている。本当に大丈夫なのかと言葉を重ねようとしたトシヤだったが、裾をくいくいっと引っ張られ、足元を見下ろした。


「トシヤ、トシヤ!」


 そこには両手にお菓子をいっぱいに持って、こちらに差し出してくるミィの姿があった。


「これ美味しいよ! 一緒にトシヤも食べよ!」


 そちらに気を取られている隙に、アマトとの通信は一方的に切られてしまっていた。トシヤは仕方なさそうに眉を下げると、ミィに手を引かれて子供たちの輪の中に入っていった。



「ナメキトシヤ」

「17番」


 フルネームを呼ばれて振り返ると、そこにはロウの相棒のネコ――17番がむすっとした顔で立っていた。17番は見るからに不機嫌な表情をしていたが、その表情の理由は明白だった。


「随分と可愛い格好だな」

「……今日はこれの方が目立たないので」


 今日の17番の服装は、いつもの簡素なコートではなく、ハロウィンに合わせた黒猫の仮装だったのだ。


「標的の処理は終わりました。マスターがあなたが呼んでいると言っていたので来たのですが……一体何の用ですか」


 帰りたくて仕方がないといった声色で凄んでくる17番に、トシヤは手に提げていた鞄から一つの紙袋を取り出した。


「これを持って帰ってくれないか?」

「何ですかこれは」


 17番が紙袋の中を覗きこむ。そこには3つ積まれたタッパーが入っていた。


「かぼちゃの煮物だ」

「煮物……」

「ロウさん、お菓子ってガラじゃないだろう。だからせめて煮物だけでももらってくれ」


 17番はじっと紙袋の中を見つめた後、トシヤの方を見上げて睨みつけてきた。


「これは賄賂ですか」

「純粋なおすそ分けだよ。2人じゃかぼちゃ1個は食べきれないんだ」

「……そういうことなら」


 渋々といった様子で17番は紙袋を受け取った。トシヤはそんな17番に僅かに微笑んだ。


「君も食べてくれていいんだぞ、17番」

「必要ありません、私はネコですから。……失礼します」


 軽く頭を下げると、17番はパーティ会場から出ていってしまった。


 パーティはその後、2時間ほど続いた。主催者によって用意されたお菓子の山もなくなり、子供たちとその保護者は続々と帰り始めていた。


「ミィ。その、また今度遊ぼうぜ。これ、連絡先!」


 ヨシルは顔を真っ赤にしながら、ミィに小さな手紙を手渡していた。その手は緊張でぷるぷると震えている。手紙を受け取ったミィは満面の笑みでお礼を言った。


「ありがとう、ヨシルくん!」


 笑顔を向けられて羞恥心の方が勝ったのか、ヨシルはばっと駆け出して、少し離れた場所で叫んできた。


「じゃあな、また今度遊ぼうな! 今度は俺の友達も紹介してやるから!」

「ヨシルくんばいばーい!」


 大きく手を振ってミィも答える。トシヤはそんなミィの手を引いて会場を後にした。


 防灰用のコートを着せて、駅への道を2人は歩いていく。浮かれた様子のミィに対して、トシヤは念のために声をかけた。


「ミィ、分かってるとは思うが……」

「また今度はないんだよね」


 そう、また今度はない。ミィが再びヨシルに会うことはないのだ。


 化物に姿を変えることができ、しかも歳を取らない「ネコ」の存在は機密情報だ。一つのところに留まっていては、ミィが異常であることはすぐに周囲に気付かれてしまう。そのため、特務捜査官とネコは人とのかかわり合いは最低限に、そして定期的に引っ越しをしなければならないのだった。


「知ってる。大丈夫。へーき」


 まっすぐ前を向いてそう言うミィにトシヤは何か慰める声をかけようとして――やめた。その代わりにトシヤはミィに問いかけた。


「……ハロウィンパーティ、楽しかったか?」

「うん!」



(おしまい)

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