番外編 ひみつのばんしゃく

 厚く晴れることのない雲に閉ざされたこの街にも夜は来る。月明かり一つ無いこの街の夜は、それでも夜通し光り続けるネオンのおかげでぼんやりと光り輝いている。そんな薄闇の中、照明もつけずにトシヤはリビングの椅子に腰かけていた。


 トシヤの目の前には透明なコップに注いだ酒と、あたりめが数本、直に机の上に置いてあった。もちろん植物酒などという高級品ではない。化学的に合成された、人体には辛うじて害のない薄められたアルコールと風味付けのいくつかの化学物質の合成酒だ。


 そんな透明な液体をちびちびと呷りながら、トシヤはぼんやりと部屋を見渡した。ミィとともにこの部屋に住み始めて数か月。この部屋にも随分と物が増えた。


 よそ行きの服や下着をはじめとした衣類、ご褒美にと買い与えたちょっとした知育玩具、ミィ専用の食器。


 どれも一人暮らしの時には必要なかったもので、広くはないこの部屋を圧迫してはいたが、それでもトシヤはこの風景が悪いものには思えなかった。


「トシヤー……?」


 眠そうな声に振り向くと、そこには寝ぼけ眼のミィがふらふらと歩み寄ってきていた。


「なにかのんでるー。それなにー?」

「……酒だよ。子供にはまだ早い」


 手を伸ばしてくるミィに抵抗して、トシヤはコップを宙に持ち上げる。そんなトシヤに、ミィはごしごしと目をこすってからふくれっ面になった。


「ミィ、子供じゃないもん。トシヤより年上だもん」


 突然の申告に面食らってトシヤは一瞬思考を停止させた。


 そういえばネコは作られた年齢のまま年を取らなかったのだったか。訓練所時代に受けた授業の内容を今更思い出しながらトシヤはミィを見る。


 細い手足、低い身長、そして何より脳みそは――正直足りていないとしか言いようがない。他のネコと比べてもだ。これを子供と呼ばずして何と呼ぶのか。


「子供じゃないもん。それ飲ませてー」

「だーめーだ。ほら、あたりめやるからさっさと寝なさい」

「あたりめ……」


 ミィは素直にそれを受け取ると、口に運んでもごもごと噛み始めた。


「かたい……」

「あたりめだからな」

「でもおいしいー……」

「あたりめだからな」


 適当な返事をしていると、ミィは立ったままうつらうつらし始めた。まったく、器用なことだ。


「それ食べたらもう一度歯をみがいて寝るんだぞ」

「はーい……」


 ミィは残りのあたりめを口の中に放り込むと、名残惜しむようにもぐもぐと口を動かし、喉を鳴らして飲みこんだ。そしてそのまま倒れるようにしてトシヤの膝にもたれかかってきた。


「あっ、こらミィ!」

「うー……」


 そのままミィはすやすやと寝息を立て始めてしまった。トシヤはそれを呆れた眼差しで見てから、はあと息を吐いた。


 まあいいか。歯磨きをしてやって、今日は自分も寝てしまおう。


 トシヤはコップに残った酒を一気に飲み干すと、ミィの体を抱き上げて洗面所へと向かっていった。残されたコップには、窓から差し込むネオンの光が反射していた。

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