番外編 しあわせわっか

 ふつふつと小さく泡立つ油を、じいっと見つめる。そろそろ頃合いか。いや、まだか。温度が低すぎれば油を吸いすぎてしまうし、高すぎれば丸焦げになってしまう。加減が難しい。


「ど、ど、どー」


 カウンターの向こう側で小さな頭がひょこひょこと跳ね回っている。どうやらこちらを覗きこもうとしているようだ。いくら飛び跳ねたところで、身長が足りていないのだからこちら側は見えないのだということにいつ気がつくだろうか。


 輪っかの形に成形した生地を、油の中に滑り込ませる。じゅわっと音がして、だんだんと生地に火が通っていく。無論、純正の小麦粉ではない。安価な合成小麦というやつだ。味は劣るが、揚げたてに勝るものはないだろう。


「ど-なっ、どーなっ」


 足音とともに歌声が遠ざかっていく。続いて、ずりずりと何かを引きずる音が近づいてきた。よかった。そこまで馬鹿じゃなかったか。箸を差し入れて、生地を裏返す。くるんと生地は回転し、キツネ色になった裏側が露わになった。


「どーなつ!」


 突然、カウンターの向こう側から、少女の上半身がひょっこりと現れる。トシヤは顔を上げることすらせずに言った。


「ミィ」

「はーい!」

「もう少しだからあっちで座ってなさい」

「はーい……」


 ミィは素直に諦めると、カウンターの向こう側へと消えていった。


 一つだけ取り上げて、割ってみる。大丈夫、火は通っているようだ。油の中にいたドーナツたちを全て取り上げて、油を切る。テーブルの方からは待ちきれずにぎこぎこと椅子を揺らす音が聞こえた。まったく、後で注意しなければ。


「ほらできたぞ」

「わーい!」


 目の前に置かれたドーナツの山にミィは目を輝かせたが、すぐに手を出すことはしなかった。その代わりに、トシヤに向かって早く早くと言いたげな視線を向けてくる。トシヤは仕方なそうに息を吐き、手を合わせた。それを見てミィも手を合わせる。


「いただきます」

「いただきます!」

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