第3話 ハロウィン式悪霊の丸焼き

第3話 ハロウィン式悪霊の丸焼き 01

 住宅街の程近く、大型店が立ち並ぶ通りに、一際派手に飾り付けられたその店はあった。入口からは煌々と店内の光が漏れ出て、頭上の看板からは派手な客寄せの音楽が響いている。


 トシヤとミィが、灰を防ぐための分厚い二重の自動ドアを抜けると、そこにはずらりと食料品が並んでいた。トシヤはいつも通り、カートと買い物かごを取り、ミィは当たり前のようにカートに乗り込む。


 ここはスーパーマーケット「ナミンヤ」。安価でよく知られる庶民の味方のスーパーだ。


 この「灰の街」は、過去にあった最終戦争によって多くの食べ物の文化が失われている。戦時中や戦後の食糧難によって、一般家庭で料理をすることなどなくなってしまい、その結果、食に関するあらゆる技術が断絶してしまったのだ。


 しかし、ほんの数百年前、「灰の街」の食糧難は代替食品の発明によってほぼ解決された。そうなるとただ味気ないレーションを食べているだけでは満足できないのが人間というものだ。


 そうして起こったのが「食のルネサンス復古主義」と呼ばれる食べ物文化の再発見だった。


「おっかいものー、おっかいものー!」

「ミィ、暴れるな。落ちるぞ」


 足をばたばたとさせるミィに、食品の棚を覗きこみながらトシヤは答える。棚にあるのは、ほとんどがパッケージングされたレトルト食品だ。「灰の街」に古来から伝わる伝統食品から、舶来の品まで、様々な形のレトルト食品がずらりと棚に並んでいる。


「ヨーグルト味のカレー……。流石『ミウラヤ食品』、攻めるな……」


 しかしトシヤはその棚からは必要最低限の商品しか取らなかった。(ヨーグルト味のカレーはしっかりとカートに入れた。)その代わりに、カートを押し進めて、生鮮食品のコーナーへと向かっていく。


 生鮮食品コーナーはスーパーの隅にこじんまりとあるだけの小さな売り場だ。だがトシヤはこの売り場の食品こそを愛用していた。


 トシヤはひんやりとした売り場の箱の中を覗きこみ、豚肉のパックを二つ取り上げて見比べはじめた。


 日照時間のほぼないこの街で野菜を育てるのは難しい。どうしても室内栽培になってしまうし、そうなると安価なこの店では手に入らないものになってしまう。


 だから野菜が保存食品になってしまうのは仕方がない。だがせめて肉ぐらいは、乾燥肉ではない生肉を食べたかった。


 真剣な面持ちで豚肉を睨みつけるトシヤをよそに、カートに座ったミィはあるものを見つけて目を輝かせた。賑やかな色で彩られた数ブロック先にあるお菓子売り場だ。


「トシヤ! お菓子買ってきていい!?」

「ああ、100円までな」

「やった!」


 ミィはカートから飛び降りると、転がるようにしてお菓子売り場へと向かっていった。


「おまけつきは駄目だぞー」


 パックの肉から目を離さないまま、そんなミィの背中にトシヤは声を投げかけた。



「おっかしー、おっかしー」


 下手くそなスキップをしながら、ミィは広大なお菓子コーナーを歩いていく。この辺りはファミリーパックの大きなお菓子なので、トシヤから言い渡された予算では買えないことをミィはちゃんと知っているのだ。


 鼻歌を歌いながら奥の棚に進むと、そこには小さなお菓子がかごに入れられてずらりと並んでいた。お菓子は一つ一つパッケージングされて、子供が好きなキャラクターが印刷されている。


 ミィはその中の一つのお菓子に目をつけた。今流行りの番組「仮面ヒーロー」のキャンディだ。棚に一つだけ残されたそれにミィは手を伸ばした。しかし、ちょうどその時、誰かの手が伸びてきて、ミィの手に当たった。


「あっ」


 ミィが顔を上げると、そこにはミィと同じように驚いた顔をした、7、8歳ぐらいの男の子が立っていたのだった。



「――ハロウィンパーティ?」


 Yシャツにアイロンをかけていた手を止めて、トシヤは聞き返した。ミィもまた、自分のパンツを畳んでいた手を止めて、満面の笑みで答えた。


「ヨシルくんが誘ってくれたの! ハロウィンに集まって、お化けのかっこうをして、お菓子を食べるんだって!」


 言葉が足りないミィの説明に、トシヤは困ったように眉を下げた。


「そのヨシルくんってのは誰だ」

「スーパーのお菓子売り場で会ったの!」

「……そうか」


 昼の買い出しの時に会ったのだろう。そう推測しながら、トシヤはYシャツにアイロンをかけおえ、軽く畳んで次の洗濯物を取り出した。


「それで?」


 下着入れにパンツを詰め込むミィにトシヤは重ねて聞き返す。ミィはきょとんと首を傾げた。


「行くんだろう、ハロウィンパーティ。衣装は? お菓子はどうするつもりだ?」


 最初、ミィは何を言われたのか分かっていなかった様子だったが、徐々にその意味を飲みこんできたのか、ぱぁっと顔を明るくしていった。


「パーティ行ってもいいの……!?」

「行きたくなかったのか?」

「行きたい!」


 食い気味にミィは答える。トシヤは念のためにくぎを刺した。


「ただし俺もついていく。……万が一のことがあったらまずいからな」


 本当は参加させること自体、上層部にバレたらまずいのだが、今回ぐらい別にいいだろう。


 特務課の上層部の9割がネコへの自由を許さない派閥だが、残りの1割――ネコでありながら幹部として君臨する「5番殿」の派閥が容認派でいてくれている限り、大っぴらにやらなければ罷免されることもないはずだ。


「最近成績もいいからな。ご褒美だ」

「やったー!」


 ミィは歓喜のあまり手を振り上げて、下着入れをひっくり返した。

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