第3話 ハロウィン式悪霊の丸焼き 02

 翌日の夜、トシヤとミィはいつもとは違うスーパーへと来ていた。店の名前は「コウリヤ本舗」。野菜や果物を中心とした足の早い生鮮食品を売っている珍しい店だ。


 国の運営するプラントや、大企業の保有する養殖場では、米や小麦といった主食の植物は優先されて育てられるが、スペースの関係上、野菜は最低限にしか育てられない。


 また、食肉加工施設では細胞から増やした培養肉が主に作られており、電極培養豚のような動物の全身を作る方法は少数派だ。その上、そういった場所で作られるのは食肉用の動物であるのだから、自然と乳製品が高騰するのも仕方がないことだった。


「やっぱり乳製品は高いな……」


 プラスチックでパッケージングされた保存乳を持ち上げて、トシヤは小さくぼやく。乳製品のほとんどはレストランや工場に卸されるため、こうして小分けにして売られているものはさらに高くなる。


 じっと保存乳を睨みつけるトシヤを見て、ミィは不安そうに声を上げた。


「やっぱり買わない方がいい?」

「……大丈夫だ、牛乳もバターも何にでも使えるからな」


 そう言って、トシヤは保存乳を買い物かごの中に入れる。


 ハロウィンパーティに持っていくお菓子をトシヤたちは手作りすることにしたのだった。こんな機会でもなければ一般家庭でわざわざ乳製品を使うお菓子を手作りすることもない。


 ハロウィンを口実にしている自覚はトシヤにもあったが、家の片隅で眠り続けるお菓子のレシピ本古文書を活用する時が折角巡ってきたのだから、これを逃す手はなかった。


「あとはかぼちゃか……」


 慣れない店内を歩き回り、トシヤとミィはようやく野菜コーナーへと辿りつく。


「えーと、かぼちゃ、かぼちゃ……」


 ぶつぶつと呟きながら野菜コーナーを歩いていくと、コーナーの片隅に小さくかぼちゃが積んであった。しかしそこを見渡して、トシヤは少しだけ眉根を寄せた。


「かぼちゃだー」

「カットされたものはないのか……」


 一玉まるごとのかぼちゃしかそこには陳列されていなかったのだ。カットされたものは傷みやすく、あまり売れ筋でないものをわざわざ切って売る道理もないのだから当然と言えば当然だ。トシヤはかぼちゃを一つ手に取って、色を見て吟味を始めた。


 並べられたかぼちゃを大人しく覗きこんでいたミィが、振り向いて声を上げたのはその時だ。


「あっ、ヨシルくんだー!」


 トシヤが振り返ると、ミィが一人の男の子に駆け寄っているところだった。男の子は買い物かごを持っていて、連れは誰もいないようだ。


「ヨシルくん、おつかい?」

「そ、そうだよ。お前はとーちゃんと買い物か?」

「ううん、とーちゃんじゃなくてトシヤだよ!」


 どうやら彼がくだんの「ヨシルくん」らしい。かぼちゃを一旦置いてトシヤが近付くと、ヨシルはトシヤを見上げて目に見えて動揺したようだった。どうやらトシヤの姿に怯えているらしい。


 子供に好かれるような顔をしていない自覚はあったが、ここまで露骨に怖がられるとは。トシヤは内心少しだけショックを受けながら、腰を折ってヨシルに視線を合わせた。


「はじめまして、ヨシルくん。ハロウィンパーティにミィを誘ってくれてありがとうな」

「誘ってくれて、ミィ嬉しい! パーティ楽しみ!」


 満面の笑顔でミィはヨシルに抱き着く。するとヨシルは一気に顔を真っ赤にしてミィから遠ざかった。


「べ、別にお前のためじゃねーし! 来るやつが少なかったから誘ってやっただけだし!」

「うん! ありがとう、ヨシルくん!」


 早口で言い訳をするヨシルに、ミィは素直にお礼を言う。


 ああ、なるほど。とトシヤは納得した。この年頃でも男の子は男の子。女の子が気になってしまうこともあるだろう。


 トシヤが内心頷いていると、ヨシルはふと何かを思い出したようで、肩からかけていた鞄の中を漁り始めた。


「そうだ」


 彼が鞄の中から取り出したのは派手な柄のチラシだった。


「なんかパーティの日にハロウィンのお菓子を配るってチラシ貰ったんだ。お前にもやるよ」

「わーい、ありがとう!」


 ミィは素直にそれを受け取る。ヨシルはもう一枚チラシを取り出すと、トシヤにも差し出した。


「ほら、おじさんも」

「おじ……」


 何気ない一言にショックを受けつつ、トシヤはそれを受け取る。チラシにはハロウィンのお菓子を無料で配るという内容が書いてあった。しかしそれは問題ではない。チラシのすみに書いてあった小さな狐のマークを見つけ、トシヤは目を鋭くした。

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