第2話 四足自走型チーズケーキもどき 08(終)

 次にトシヤが目を覚ますと、そこは特務部直属の病院だった。真っ白な天井をぼんやりと見上げて数分、慇懃無礼なスーツ姿の女性――トガクがやってきたのはその頃だ。


「派手にやりましたね」


 呆れきった声でトガクは言い放つ。トシヤはぼんやりとした頭のまま、まばたきをした。


「腕の骨1本、肋骨2本、肋骨が刺さって肺に穴が開き、血がかなり失われていました。この病院の設備でが」

「……31番は?」


 トシヤの言葉に、トガクは心底嫌そうに顔を歪める。咄嗟に間抜けな質問をしてしまったことに気付いたトシヤは何かを言おうとしたが、良い言い訳も思いつかずに黙り込んだ。


「ずっと張り付いていたので、上官命令で引きはがしたんです。連れてきましょうか?」

「……頼みます」


 流されるままにトシヤが頷くと、トガクは足音一つ立てずに部屋から退出していった。数分後、控えめなノック音がして、病室の引き戸がそっと開かれた。


「トシヤ……」


 おそるおそる入ってきたのは水色の手術衣を着た少女――31番だ。31番はおずおずとトシヤに歩み寄ると、あるものをポケットから取り出した。


「トシヤ、これあげるから早く元気になって……」


 そう言ってトシヤの手に握らせたのは、尻尾のないネズミの死骸だった。トシヤは一度大きく顔を引きつらせたが、それが何なのかに思い至り、怒るに怒れなくなった。これはチーズだ。ネコたちの大好物のネズミ型のおやつだ。


「命令違反したミィは廃棄処分でいいから、トシヤは元気になって……」


 そんな殊勝なことを言われてしまえば返す言葉も出てこなくなり、トシヤはぐっと黙り込み――それから天井に視線を移して大きく息を吐いた。


 どうしたものか。こんな風にまっすぐに好意を向けられて、無視し続けるのも疲れた。31番はトシヤの右手にぐいぐいとチーズを押し付けてくる。正直痛い。トシヤは31番を見た。泣きそうな顔の31番を見た。


 ――そうだな、ここは譲歩してしまおう。


「それは自分で食べろ。俺には食べられないから」


 31番は愕然とした顔でトシヤを見た。その顔がおかしくて、少しだけトシヤは笑ってしまった。


「その代わりと言ってはなんだが……」


 そう、一歩だけ。一歩だけ歩み寄るだけだ。


「今度一緒にチーズケーキを食べに行こう、





「なぁるほどねぇー」


 聞いていたのだか聞いていなかったのだか分からないような適当さで、アマトは相槌を打った。トシヤはそんなアマトに少しむっとした表情を向ける。アマトはしたり顔でうんうんと頷いた。


「先輩のネコに対するソレって、相棒だとか父性愛だとかその辺りのものだったんすね」

「は?」

「いやーてっきり、ロリコンなのかと思ってたっす……いってぇ!」


 とんでもないことを言い出したアマトのすねを、トシヤは思いきり蹴りつけた。


「いたっ、痛いっ、事実じゃなっすかあ!」

「あ?」

「そんなんだからその歳で『チンピラ捜査官』だなんて呼ばれるんですよぉ!?」

「誰がチンピラ捜査官だ、誰が」


 続けて何度かアマトを蹴りつけていると、音もなく自動ドアが開いて、手術衣から着替えたミィが駆け寄ってきた。


「おつかれ、ミィ」

「ただいま、トシヤ!」


 腰に飛びついてきたミィをトシヤは抱き止める。ミィはトシヤに頭をすりつけた。


「チーズたくさん捕まえたよ! ミィが一番!」

「そうか。よくやったな」


 頭を撫でてやると、ミィは嬉しそうにえへへと笑う。トシヤもわずかに相好を崩した。今日の訓練はもう終わりだ。そして、訓練の日は決まって、帰りに外食をすることにしている。


「今日はどこにいくの?」

「第三月曜日だからな、『アリス』が新作を出してるはずだ」

「やったあ! ミィ、あそこのチーズケーキ大好き!」


 自動ドアの向こう側に楽しそうに消えていく二人を見送って、アマトはもう一度「なるほどねぇ」と呟いた。




(おしまい)

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