第2話 四足自走型チーズケーキもどき 05

 2週間後、「灰の街」郊外の研究施設。街の区画を再現した訓練ルームに31番は立っていた。今日の訓練は「チーズ」の捕獲。街中での敏捷性を高める訓練だ。


「――31番、訓練を開始します」


 ブツッとマイクが切られ、31番は1人室内に取り残される。しかし彼女に真剣さはまるで無く、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で辺りをきょろきょろと見回すばかりだ。


 31番は数歩歩いて、自分の斜め上にあるものに気がついて目を輝かせた。それは軒下につけられたカメラだった。31番はカメラに走り寄ると、カメラに向かって大きく手を振って飛び跳ねた。


「トシヤー!」


 笑顔で手を振ってくる31番に、モニターで観察していたトシヤは頭痛をこらえるように額に手をやった。

 一方、部屋の中にいる31番の目の前には小さな影が横切ったところだった。


「あっ!」


 それを視界に入れた31番は、両手を伸ばして駆け出した。


「チーズ!」


 地面を蹴り、置かれた備品を蹴り倒しながら31番は走り回る。途中何度も派手に転び、しかし標的を見失うことはせず、数分の追いかけっこの末に31番はチーズを捕まえた。


「2分17秒03。平均以下のタイムです」

「……そうですか」


 研究員から告げられた結果に、トシヤは顔をしかめて答える。

 31番の足は遅いわけではなかった。むしろ早い方だ。しかし同型のネコに比べると、圧倒的に集中力が31番には足りていないのだった。


 どうしたものかと考え込んでいると、自動ドアが開いて、31番がトシヤめがけて突進してきた。


「トシヤー!」


 ぶつかられたトシヤは派手によろめいたが、なんとか踏みとどまって体勢を立て直した。なめられている。これは絶対にネコになめられている。31番はトシヤを見上げて何かを主張しているようだったが、トシヤが反応をしないことに気づくと、手に持っていたネズミの尾をガリガリとかじり始めた。そんな彼女をトシヤはチラリと見下ろした。31番はトシヤを見上げて首を傾げた。


「トシヤも食べる?」

「要らん。さっさと食え」


 トシヤが冷たくはねつけると、31番は差し出したチーズをしまいこんだようだった。その時、自動ドアが滑るように開き、研究員が31番に近づいてきた。


「31番、検査の時間です」

「……はーい」


 31番は不満そうな顔のままトシヤのもとを離れて、研究員とともにドアの向こう側へと消えていった。トシヤは大きくため息をついた。


「調子はどうだ、トシヤ?」

「ロウさん……」


 いつのまにかトシヤの背後にいたのは、先輩捜査官のロウだった。ロウは傍らに一人の少女を連れていた。額に小さな角が一本生えていることから考えるに、彼女がロウのネコなのだろう。


「あまり良くないです。どうしても思い通りに動いてくれなくて……」

「そうか、やっぱりな……」


 ロウはそう言うと、顎を押さえてううんと考え込んだ。その時ふと視線を感じてトシヤが下を見ると、ロウのネコがじと目でトシヤを見やっていた。トシヤがそれに見つめ返すと、ネコはトシヤからふいと目をそらした。


「そうだな。トシヤ、そろそろ31番を家に連れ帰ってみたらどうだ」


 突然の提案に、トシヤはぎょっとした顔でロウを見た。

 一人前の捜査官は、相棒のネコと完全に同居して暮らすことになっている。しかしそれはネコと捜査官の間に主従関係が確立されてからの話であり、最低でも数ヶ月の間は捜査官が施設にいるネコのもとに通って関係を構築する必要がある。


「しかし……自分はまだ31番とは……」

「何、昔から言うだろう。習うより慣れろだ。意外と何とかなるかもしれないぞ?」


 ロウの無責任にも聞こえる言葉を受けて、トシヤは何も答えることができなかった。確かに今のままでは何も変わらないのだ。俺たちには何かきっかけが必要なのかもしれない。


「まああまり悩みすぎるな。こういうのは感覚に頼るところも大きいから――ちょっと待て」


 突然、ロウの持つ端末が震え出し、ロウはトシヤとの話をやめた。そして端末を確認すると、一気に渋い顔になった。


「緊急招集だ。街で発症者が出たらしい」


 発症者。つまりまたあの化け物が街に現れたということか。トシヤは体の奥底から震えが走るのを感じた。ロウはそんなトシヤの肩をぽんと叩いて、にやりと笑った。


「ちょうどいい。トシヤ、お前も来い」

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