キセキ

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 私が通うおうとく高校は進学率が高く、いわゆる進学校と言われる高校だ。

 そんな王徳高校は部活にも力を入れており、モットーは“文武両道 ”。野球部は甲子園に常連、テニス部も昨年のインターハイでベスト8入り。吹奏楽部も金賞を受賞するなどと成績を残している部活が沢山ある。

 そんな中で成績を残していない部活もある。


 ***


 授業も終わりクラスのみんなは急いで部活の準備を始めた。高校総体が近づいていて、私たち三年生にとってはこの大会が最後の部活になる。

 と言っても、私には関係がない。なぜなら私が所属しているのは文芸部なのだから――

 私はのんびりとクラスメイトのと一緒に教室を出た。そして、同じ部員の来未くみを迎えに行って文芸部室に行く。それが私たちの放課後の日常だ。部活の開始時間は特に決まっていないから少しずつ部員は集まってくる。まぁ、中には来ない人もいるが……。

 現在文芸部員は、部長の玲旺れお、副部長の来未、まさる、舞央、しゅう果莉奈かりな、そして私華瑠はるの七人がいる。そのうち果莉奈はまだ一回も部室に来たことがない。でも、作品だけは出している。前まではもいたが三年生になって退部した。そして、一年生の頃はまさもいたが転校してしまった。あとは、部員ではないけど、一年生の後半から遊びに来るようになった大貴だいきがいる。

 私たちは部室で各々好きな事をしている。宿題をしている人やおしゃべりをしている人、もちろんきちんと部活をしている人もいる。そんな私たちにとって平凡な日々を過ごしていたら、ある日、とんでもない事件が起こった。


 ***


 いつものように私たちは部室で自由に過ごしていた。そこに、顧問の先生がやってきた。

「みんな、驚かないで聞いてね」

「どうしたの先生?」

 部員でもない大貴が最初に反応した。

「それが、あなたたちの代で文芸部が廃部に決まったの」

「えっ!」

 私たちは突然すぎてつい大きな声で叫んでしまった。確かに、後輩も入ってきていないし、私たちが卒業したら部員はゼロになってしまう。

「もうそれって決定事項なんですか?」

 来未が先生に聞いた。

「まだ正式には決まってないけど、廃部の方向で話は進んでる」

「なんで廃部の話が出たんですか? やっぱり、後輩がいないから?」

「それもあるんだけど、やっぱり成績じゃない?」

「成績?」

「うん。野球部みたいに何か大会に出て賞を取ることもないし……」

 本当のことだったから誰もそれに言い返すことが出来なかった。

「じゃあ、成績を残せば廃部は免れる可能性も出てくるってことですよね?」

 私は少し熱くなっていた。

「可能性は出てくると思うけど、低いよ、きっと」

「いちかばちかやってみます。もしダメでも最後の思い出作りってことで」

 そこで私は文芸部としての思い出、いや、成績を残すためにあることを提案した。


 ***


 後日私は職員室に行って、その提案を先生に言った。

「映画甲子園!? 何それ?」

 先生は職員室にもかかわらず大声を上げてしまった。それくらい私が出した考えは突拍子もないものだった。

「はい。成績を残せば何でもいいんですよね? だったら賞を取ることにこだわるんじゃなくて、印象に残ることをしたらいいんじゃないかと思ったんです。成績って、活動成果っていう意味もありますし。多くの人に我が文芸部を知ってもらうのも活動成果の一つだと思います」

 私は少し得意げに言った。

「でも、映画なんて作れるの?」

「特に細かい規定はありませんし、大丈夫です。今回は賞を狙ってるわけではないので」

「まぁ、みんなで決めたことなら私は反対しないけど……。受験生だってことはくれぐれも忘れないでね」

「あっ、はい……」

 こうして、私たち文芸部は映画甲子園に出場するための映画製作が始まった。


 ***


「映画って言っても、どんな映画撮るの?」

 来未が映画甲子園の過去の作品を見ながら言った。

「やっぱ、学園系がやりやすいよねー」

 舞央は部室においてある学園を舞台にした漫画を指した。

「いや、ここはヒーローものやろ!」

 大貴が変身ポーズをしながら言った。

「大貴ひとりでやっとけ!」

「玲旺、相変わらずつめたいなー」

「あのさ、題材なんだけど、前に修大が書いた作品がいいかなって思うんだけど……」

「えっ! 僕の?」

「うん。確か、学園を舞台にしてたよね? しかも、人数もうちらにぴったりだし」

「まぁ、一応みんなをイメージしたつもりだったから・・・・・」

「じゃあ、もう配役も決まってるし始めやすいじゃん」

 勝が宿題をしながら言った。耳はちゃんと傾けていたみたいだ。

「小説として書いた作品がこうして映像化するのって、なんかテレビの世界みたいでいいよね」

 来未が私の意見に賛成してくれた。

「うん! なんだか楽しそう♪」

 舞央も賛成した。

「じゃあ、そうしますか」

 部長の玲旺も賛成して、映画の方向性は決まった。

 ただ、この作品を撮るにはあの二人にも参加してもらわなければならない。


 ***


 一人目はつい最近退部したばかりの星絆だ。

「星絆―、ちょっといい?」

 私と舞央は男子たちと楽しそうに話している星絆を呼び出した。

「なに?」

「あのさ、もう文芸部じゃないから星絆には関係ない話なんだけどさ……」

「文芸部が廃部になるかもしれないんだよね」

「えっ! マジで!? なんで?」

「特に成績も残してきたわけでもないから……って感じ」

 私たちの言葉を聞いた星絆は少し納得したような顔をした。

「でも、まだ打つ手はあるの!」

「なにするの?」

「映画を撮る!」

 私が自信満々に言った姿を見て、星絆はぽかんとしていた。

「あ、今、なんで映画って思ったでしょ?」

「いや、誰だって思うでしょ」

「まぁ、成績さえ残せればいいわけだから、みんなに文芸部の存在をアピールしようかなって思って」

「ふ~ん」

「そこでさ……、お願いなんだけど、星絆にもこの映画に出演してもらいたいの」

「えっ! 俺が?」

「題材を修大が前に書いた作品にしようと思ってて、それには星絆が必要なの!」

「星絆だって、ついこの間までは文芸部だったじゃん! お願い、協力して!」

 舞央と私は「お願い!」というポーズをした。

「……うん。わかった。協力するよ」

「ホント! ありがとう」

 二人目は転校してしまった真輝だ。

 休みの日に玲旺と勝は真輝に会いに行った。

「ねぇ、文芸部が廃部ってどういうこと!?」

 真輝が自転車をブッ飛ばしてやってきた。真輝にはある程度の内容はLINEで伝えておいた。

「おぅ、元気か、真輝?」

「うん。元気、元気。それよりも、玲旺! 文芸部が廃部って……」

「なんか、そうらしい」

 玲旺は淡々と答えた。

「俺、協力するよ! 映画作り。そっちに何回も行くことはできないけど、出来るだけ頑張っていくから」

「んじゃ、よろしく」

 こうして何とか星絆と真輝にも協力してもらうことができ、いよいよ映画の撮影が始まる。


 ***


 受験生にとって大事な夏休みに入った。と同時に私たちは撮影に取り掛かった。

 修大は映画用に少し書き直してみんなに台本を配った。表紙に「キセキ」と題名が書かれた台本のページをめくると、そこには配役が書かれていた。

 主人公のレンを演じるのは玲旺、ヒロインのミクを演じるのは来未だ。最初は嫌だと来未も言っていたが、こうなったからにはもう受け入れるほかなかった。

 残りのみんなも

 ハナ・・・華瑠

 マサト・・・真輝

 ショウ・・・勝、

 マイ・・・舞央

 キラ・・・星絆

 オサム・・・修大

 リナ・・・果莉奈

 ダイ・・・大貴

 といった感じで書かれていた。

 この映画のあらすじはダイ以外の九人が生徒会で、ダイは遊びに来る人。主人公のレンはいつも一人で目立つことは嫌いなのに、なぜか副生徒会長に選ばれてしまう。そんなレオが生徒会活動を通じて友達を作り、恋をする物語。    

 ……と、なっている。

 早速、冒頭のシーンから撮り始めた。この物語のスタートはレンが集めたプリントを人とぶつかってばらまくシーンからだ。

「それじゃあ、本番いきまーす。よーい、スタート!」

 大貴が “パチン”とカチンコの様に手をたたいた。

 玲旺は緊張した様子もなく平然と役をこなしている。


 レオ「ご、ごめんなさい」

 バサァっと廊下一面に広がったプリントをレオは一人で一枚一枚丁寧に拾っていた。

 その姿を友達と廊下を歩いてたミクが見つけた。ミクは少し立ち止まっていた。

 ハナ「ミク、いくよ―」

 ミク「うん」

 友達に呼ばれてミクは走ってその場を去った。


「……カット!!!」

 大貴はスタートと同様に手をたたいた。

「玲旺、上手いね」

 修大が拍手をして言った。

「別に、普通にしてただけだよ。んじゃ、この勢いで次のシーンも撮ろうぜ」


 ハナ「ミク。ミクってば! 話聞いてた?」

 ハナは頬を少し膨らませて怒ってますアピールをした。

 ミク「ごめん……で、何の話だっけ?」

 ハナ「もぉ~、やっぱり聞いてなかったじゃん!」

 マイ「さっきからミク、どこ見てるの? ずーっと、ぼーっとしてるけど」

 ミク「え……。あ、レン君、ずっと一人だなって……」

 ハナ「何、気になるの?」

 ミク「違うよ! ただ、さびしくないのかなって思っただけ」

 レンは席を立って教室を出て行った。

 マイ「あ、行っちゃった。私たちの話、聞こえてたんじゃない?」

 三人はレンが出ていく姿を目で追った。


「なんか怖くない?」

 星絆は少し後ずさんでいた。

「え? どこが?」

 私は首をかしげた。

「いや、なんか、女子って陰であんなこと言ってんだなーって。俺も言われてると思うと……」

「そりゃー、言うよねー」

「うん。言う、言う」

 来未と舞央は笑顔で答えていた。

「あっ、でも、星絆のことは言ってないから安心して」

「ホント! なら、よかった……」

 星絆は安心したのかホッと肩をなでおろした。

「あっ、ねぇー、次のシーン、先生が登場するけどー」

 真輝が台本を指さしながら叫んだ。

「あ、そうだ。先生が登場するんだった……。ごめん、忘れてた」

「いいよ、修大。俺が先生に頼んでくるよ」

 玲旺が呼びに行こうとしたとき

「呼んだ?」

「なんでこうも都合よく出てくるんだ!」

「いや、撮影の方はどうなってるかなーって。……えっ! まさくーん、久しぶりー」

 そう言って先生は真輝の所へ行った。

「お久しぶりです。僕も映画撮影の手伝ってて。玲旺と勝から廃部の話を聞いたんですぐにこっちに来ました」

「まさくん、他の学校に行ってもこの文芸部の事を思ってくれるなんて……」

 先生は流れてもいないのに涙を拭くふりをした。

「あれ、星絆ちゃん、部活辞めたんじゃなかったっけ?」

 今度は星絆に向かって先生は笑いながら言った。

「やめましたけど、廃部になるんだったら協力しないと。一応、これでも二年は文芸部員でしたから」

「ふーん。そっか。まぁ、みんな勢揃いしてなんだか楽しそうでよかった。じゃあ、私は職員室に――」

「ちょっと、本当に様子見ただけなのかよ!」

「うん」

 やけに先生は無邪気な返事をした。

「いや、今からちょうど先生が登場するシーンなんで、先生に出てもらおうかと思ったんですよ」

「えっ、わたし!? いいの?」

「ためらいなしだな!」

「少しくらいなら全然いいよ」

「じゃあ、今から撮っちゃおうぜ」

 そう言って、大貴はパチンと手をたたいた。


 先生「レ、レン君、あ、あの……。えーっと……」


「カット、カット! 先生、緊張しすぎでしょー」

 大貴はすぐさまカットをかけて、先生を指さして笑った。

「いや、やっぱりカメラが回ると緊張するでしょ」

 先生は「ごめんごめん」と謝りながら言った。

「先生、今度はお願いしますよー」

 来未がガッツポーズをして先生を応援した。

「うん。任せて!」

 と、先生はいったが、セリフを噛んだり忘れたりといった感じが続いた。結局、このシーンは四回目でやっとOKが出た。

「じゃあ、次はレンが副生徒会長に選ばれて初めて生徒会室に行くシーンから撮ろう」


 レンは生徒会室の前に立ち、ふぅーっと深呼吸をした。そして、意を決してその扉を開けた。

 ハナ「でさー、ここのケーキ、メッチャおいしんだよー」

 マイ「マジ! じゃあ、今日の帰りここ行こうよ!」

 ダイ「何、何? ケーキ? おいしそうじゃん。俺も行こっかなー」

 ハナ「は? ダイは誘ってないんだけど。ってか、なんでここにいるの? 生徒会じゃないじゃん」

 ダイ「え? 暇だったからさ。 それより、今日の帰りみんなでここいこーぜ」

 キラ「おっ、ケーキ良いじゃん。行こう、行こう」

 マサト「さんせーい、ショウも行くやろ?」

 ショウ「おう」

 ダイ「オサム、今日は大丈夫?」

 オサム「うん。今日は塾ないし大丈夫だよ」

 ダイ「じゃあ、決定な。放課後昇降口で待ち合わせな」

 生徒会室は放課後の予定の話で盛り上がっていた。誰もレンが入ってきたことにも気づかず、ものすごいスピードで話が進んでいった。

 レンはただ立ち尽くすことしかできなかった。その様子に生徒会長のミクが気付いた。

 ミク「レン君ごめんね。うるさくてびっくりしたよね。じゃあ、みんな揃ったから会議始めよ」

 レン「え? リナさんまだ来てないですよ」

 ミク「リナは休みだからいいの」

 レン「そうなんですか……」

 ミク「では、第一回生徒会会議を始めます。まずは、自己紹介から……」

 こうして最初の会議がはじめられたのだが、なぜか話はすぐに脱線してしまう。

 ハナ「あー、マジむかつくよね」

 マイ「ホント、ないよね」

 と、女子が愚痴を言ったり、

 キラ「あっ、ちょっ、まって、っあーーー! 負けた―」

 マサト「また負けたの? 弱すぎー」

 キラ「うっせぇー」

 と、ゲームに夢中の男子がいてなかなか話は進まない。レンは黙ってその様子を見ていた。

 ダイ「レン、レンもこの後一緒にケーキ行くよな」

 レン「えっ、俺? 俺は……」

 ダイ「もしかしてなんか用事ある感じ? せっかくなら“新生徒会結成”ってことで行こうかなって思ったんだけど」

 ハナ「だーかーらー、ダイは生徒会じゃないでしょ!」

 ダイ「まぁ、まぁ、そこはあえてスルーってことで。だから、レンも行こうぜ」

 レン「そ、そういうことなら」

 そうこうしているうちに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 ミク「では、今日はこれで終わります。この続きは明日ね」

 みんなは次々と生徒会室を出て行った。

 ミク「話、進まなかったね。明日は進ませなきゃさすがにやばいよね……」

 レン「うん。そうだね」

 ミク「レン君も意見があったら全然言っていいからね。副生徒会長なんだから。……実は、私が副生徒会長に推薦したんだ。レン君を」

 レン「え? どうして?」

 ミク「だって、レン君っていつもまじめだし、しっかりしてるからまとめてくれるかなって思ったの。副会長がレン君だと私も心強いし……」

 ミクは少し恥ずかしそうに言った。

 レン「あ、そ、そうだったんだ。なんか、ありがとう」

 言われ慣れない言葉を耳にして、レンは目をそらしたまま言った。


「結構いい感じじゃない?」

 私は今まで撮った映像を見ながら言った。

「うん。それにしてもみんな演技上手だね」

 来未も満足そうな顔をしていった。

「ちょうどいま半分くらいとったから、今日はこれで終わりにする?」

「修大が良ければ全然いいけど」

「じゃあ、今日はここで終わりにしよう。皆さん、お疲れ様でした」

「お疲れ―」

「お疲れ様!」

 みんなは続々と帰る準備をし始めた。

「ねぇ、ケーキ食べに行かね?」

「何、まだ役になりきってるの?」

 私は大貴に向かっていった。

「え、わりとガチなんだけど。お腹すいたじゃん」

「んじゃ、食べに行きますか!」

 玲旺が大貴の意見に賛成した。

「じゃあ、大貴のおごりね♪」

 私は少しいじわるに言った。

「あ、うちのもおごって―」

「うちも、うちもー」

 それに来未と舞央ものってきた。

「はぁ? 俺、そんな金ねーし!」

「ついでに俺も」

「俺もよろしく」

 なぜか星絆と勝までのってきた。

「お前らマジ、ふざけんなー!」

 こんな風に、初日の撮影は終わった。


 ***


 撮影二日目。部室に九時集合のはずなのに、星絆と大貴の姿が見えなかった。

「星絆と大貴は?」

 私は玲旺に聞いた。

「え、知らない」

「LINEきてないの?」

「えーっと……。きてない」

「まだ寝てるんじゃない?」

 勝が夏休みの宿題をしながら言った。

「まぁ、今からのシーンは星絆と大貴は出ないから先に撮っとこう」

 修大がそう言って、二日目の撮影がスタートした。


 レン「学校生活アンケートねぇ……。こういうの面倒くさいんだよな」

 そう言ってレンは適当にアンケートの項目を埋めていった。

 ある項目に差し掛かった時レンの手が止まった。

『最後に、入学した時の自分と変わったところはありますか』

 レンはこの質問を見て最近の自分を振り返った。今までは教室にいる時、移動する時、そしてご飯を食べる時も一人だった。でも、生徒会に入ってから同じクラスのミク、ハナ、マイが話しかけてくれるようになった。休み時間はキラとマサトと一緒にゲームをするようになった。テスト週間になるとショウと勉強するようになった。そして、放課後には生徒会メンバーで遊びに行くようになった。思えば生徒会に入ってから一人でいる時間がなくなった。

 レン「俺、結構変わったんだな……。でも……」

 レンは少し分からなくなった。これは本当の友達なのか。レンの中にあるミクに対する気持ちの正体は何なのか。

 レン「俺にとってみんなって何なんだろう」

 そう言ってレンはアンケートをぐしゃぐしゃにした。


 このシーンを撮り終えたのと同時に星絆と大貴がやって来た。

「ごめん! 遅くなって!」

 星絆は走りながら手を合わせて謝罪のポーズをした。

「よっ」

 対して、大貴は悪びれることもなく普通に歩いて来た。

「ちょっと、二人とも遅刻だからね!」

 私は二人を指差して言った。

「ごめん。普通に寝坊しました」

「右に同じ」

 二人とも遅刻の原因は寝坊だった。

「まぁ、撮影は何とかなったから大丈夫だよ」

 修大は私と二人の間に入って仲裁した。

「なんだか、俺らがいなくても大丈夫みたいじゃん・・・・・・」

「実際そうなんだけどね」

 玲旺が二人に聞こえるか聞こえないか微妙な大きさで言った。

「とりあえず、撮影再開しよー」

 真輝の一言で撮影は再開した。


 レンは授業中もなんだかもやもやしていた。

 窓側の一番後ろの席でボーっと外を眺めていた。しばらく眺めていたら地面に咲いている一輪の花を見つけた。

 レン「あっ……」

 レンの見ていた花が誰かによって踏みつぶされた。

 ダイ「おい! 先生、思いっきりお前のこと見てるぞ」

 レン「えっ」

 レンは思はず声を出してしまったことに気づいていなかった。

 授業終了後、先生に呼び出され説教を受けた。

 みんなが部活で汗を流している中、レンは一人家に向かっていた。

 レン「うわっ、さむっ」

 季節はもう冬。ぱらぱらと雪も降っていた。

 レン「あ……。さっきの」

 レンが授業中に見つけた花は今もまだぐったりとしている。

 レン「なんか、今の俺みたいだな」

 誰からも気づかれずに踏まれていった花を見て、レンはつい自分と重ねてしまった。

 レン「となり、芽出てるじゃん。お前は元気に花咲かせろよ」

 そう言って、レンは芽に降り積もる雪を払った。

 数日が経ち、今日は大雪が降っていた。

 レン「こんな日に限って遅刻するとは……」

 と、ぼやきながらレンは走っていた。夢中になり雪に覆われた芽を踏んでしまった。

 その日の生徒会もレンは何だか気分が晴れなかった。まだレンには生徒会のみんなが自分にとってどんな存在なのか整理がついていなかった。

 キラ「――でさー。ねぇ、ねぇ! レン、聞いてんのか?」

 レン「え、何?」

 マサト「何じゃないよ。レン、最近なんかおかしくない?」

 レン「別に。おかしくねーよ」

 ダイ「確かに。付き合い悪いよね」

 ショウ「なんかあった?」

 レン「だから、なんでもないって言ってんじゃん!」

 レンはつい声を荒げてしまった。

 ミク「レン、大丈夫?」

 ミクは本当に心配そうにレンの顔を見た。

 レン「ごめん……。俺、帰るわ」

 ミク「レン!」

 キラ「放っとけよ」

 ミク「でも……」

 マイ「ミク、話し続けよ」

 ミク「うん」

 ミクはレンのうしろ姿をただ見つめる事しかできなかった。


「みんな、順調に進んでる?」

 先生がビニール袋をぶら下げて部室にやってきた。

「はい! あと最後のシーンだけですよ」

 私は少し自慢げに言った。

「せんせー、それ何?」

 大貴が先生の持っているビニール袋を指して言った。

「あっ、これ? なんだと思う?」

「このやり取り面倒くさいので早くいってください」

 玲旺が冷たく言った。

「もぉ~、そんなこと言うとあげないよー」

「もしかして、差し入れですか」

「え! 差し入れ!?」

 来未と舞央が期待に胸を膨らませた。

「そう! みんな頑張ってるから差し入れ持ってきたよ」

 先生は袋の中身を取り出した。お菓子やジュース、夏にはうれしいアイスも入ってあった。

「先生! これ、高いやつじゃないっすか」

 星絆がゲームの手を止めてアイスを手に取った。

「バニラとチョコとストロベリーがあるからケンカしないでね」

「じゃあ、俺バニラ」

「俺もバニラ」

 真っ先に星絆と勝がバニラを取った。

「うち、チョコがいい―」

「うちはストロベリー」

 私と来未もそれぞれアイスを取った。

「えー、どっちにしようかなー。迷うなー」

 舞央は三種類のアイスを交互に見ながら言った。

「早くしないと俺取っちゃうよ?」

「もうちょっと待って……。う~んっとー」

 悩んだ挙句、舞央はチョコを取った。残りのみんなもそれぞれ好きなものを取った。

「先生、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「じゃあ、残りの撮影もがんばってねー。私、もう帰るから。戸締り宜しく♪」

「先生もう帰るのかよ!」

 先生は部室に差し入れを置いて家に帰っていった。

「これ食べ終わったら、最後のシーン撮ろっか」

 そう言って修大は最後の一口を食べた。


 レン「俺、何やってんだろ……」

 レンは生徒会の仕事を放り出して出て行ってしまったこと、みんなにひどいことを言ってしまったことを後悔していた。

 レン「最低だよな」

 下を向いて歩いていると雪に覆われていた芽を見つけた。

 レン「あっ、あぶね」

 つい、レンはその芽を踏みかけた。でも、その芽は何だか弱っているように見えた。

 レン「俺、気付かないうちに踏んでたのかな……」

 レンはしゃがんで芽を見ていた。

 キラ「レンー」

 マサト「レン、もう帰ったかな」

 ダイ「少し強く当たりすぎたよね」

 ショウ「レン、少し悩んでそうだったから今度話聞いてあげよう」

 キラ「うん。俺たちも力になれるかもしれないしね」

 キラたちはレンを捜しに別の場所へ行った。

 レン「そっか……。みんなはとっくに俺に心開いてたんだ。俺とみんなはもう友達だったんだ。なのに、俺はみんなを信じることが出来ずに、一人で……」

 そう思った瞬間レンは自分が情けなくなり涙がこぼれた。

 レン「俺、みんなともっと分かりあいたい。いろいろな事を共有したい。本物の友達になりたい。そして、自分に正直になりたい」

 レンはある決心をした。自分に正直になる。自分の想いを伝えるのは――今なんだ。

 レンは一生懸命走った。ミクのいる生徒会室に向かって。途中ハナとマイとすれ違った。

 ハナ「レン!?」

 レン「ミクは?」

 マイ「ミクならまだ生徒会室にいるけど……」

 レン「ありがと!」

 レンは二人に礼を言ってまたすぐに駆け出した。

 ハナ「レン、どうしたんだろう?」

 マイ「さぁ?」

 レンは生徒会室に着いた。全速力で走り、息が上がっている。

 一回深く深呼吸をして息を整えた。

 レン「ミク!」

 レンは扉を勢いよく開けた。ミクはレンの姿を見て驚いている様子だった。

 レン「ミク、俺、ミクの事が好きです!」

 ミクは一瞬動きが止まったが、すぐに笑顔を見せた。

 ミク「ありがとう。……見つけてくれたこと」

 レンに聞こえないようにミクはつぶやいた。

 それから二人はみんなと合流していつものように雑談しながら帰った。


「みんなお疲れさま。これで全部のシーン撮り終えました」

 修大はみんなに向かってお辞儀をした。

「ほんと、お疲れ!」

「なんか結構あっさり終わったね」

「うん。思ったよりきつくなかったよね」

 私たちはここ数日を振り返った。

「でも、これからが大変でしょ、修大?」

「まぁ、ちょっとね。でも、そこまで難しいわけじゃないから。編集できたら知らせるね」

「OK! 楽しみにしてる」

「じゃあ、打ち上げにでも行きますか!」

 大貴は鞄を持って行く気満々だった。

「まったく、こういう時だけは準備が早いんだから」

 私は呆れ顔で言った。

「今日遅刻したくせにな」

 玲旺も畳みかけるように言った。

「ちょっ、そこはふれんなよ」

 大貴は慌てて言った。

「ねぇ、俺カラオケ行きたい」

「俺はゲーセン」

 星絆と真輝が大貴たちの会話を遮って、それぞれ行きたい所を言った。

「なら、両方ともあるあれだね」

「うん。あれだね」

 来未と舞央は顔を見合わせて言った。

「んじゃ、決まり!」

 私たちはさっき撮り終えた映画のシーンのように雑談をしながら打ち上げに向かった。


 ***


 修大の編集が終わり、今日は本編と果莉奈が描いてきたポスターを見るために、みんなが部室に集まることになった。

「修大、早かったね」

「みんなに早く見せたかったからさ」

 大貴と修大が話している所に続々と人が集まってきた。

「あれ? 今日は早いんだ」

 玲旺が少し皮肉っぽく言った。

「また遅刻すると誰かさんが文句言うから」

 大貴は玲旺と私を睨んだ。

「えっ? うちも?」

「華瑠もだよ!」

 そんなやり取りをしていると、先生が部室にやってきた。

「みんな、これ見て! 果莉奈が描いたポスター」

 そう言って先生がそのポスターを前に突き出した。

「わぁ、すごっ」

 私はあまりのすごさに衝撃を受けた。

「これうちらだよね」

 来未はうれしそうに言った。

「チョー似てるー」

 舞央もうれしそうだった。

「背景とかもきれいじゃん」

 星絆はじーっと絵を見入っていた。

「写真みたい」

 真輝も絵をずっと見ていた。

「やっぱ、果莉奈って絵上手いね」

 修大も改めて感心した様子だった。

「俺が描いたらこんなんにはならんね」

「勝の絵はまた違う領域」

 玲旺はすかさず言った。

「ある意味画伯だろ」

 大貴が笑いながら言った。

「このポスターを印刷したものここに置いとくから。みんなで手分けしていろんなところに貼ってね」

「了解です」

「先生、今から編集したもの見るんですけど一緒に見ますか?」

「あ、見る見るー」

 先生も私たちと一緒に席に着いた。

「準備できたよ」

 修大がOKのサインを出した。

「では、試写会スタート」

 先生が明るい声で言った。

「いつ試写会になったんすか……」

 玲旺がぼそっと呟いた。

 先生曰く“完成披露試写会”を終えた私たちは、今日はまっすぐに帰った。映画撮影や打ち上げで時間とお金がみんな無くなってしまった。

 そして、私たちは受験生である。今までのやらなかった分、今から受験勉強に取りかからなければ大変なことになってしまう。

「じゃあ、始業式に」

「うん。ばいばーい」

 ついに映画が完成して、あとは映画を大会に出すだけだ。


 ***


 映画甲子園に作品を提出して早一ヶ月。審査が終わり、今日はいよいよ結果が発表される。

「舞央、今日の十時だっけ?」

「うん。ちょっと緊張してくるー」

「せっかくならやっぱり賞とりたいよね」

 来未は手を交差していた。

 最近はこういう発表をインターネットで行うところが増えてきている。

「あと一分で十時だよー」

 真輝が私たちに向かって叫んだ。発表の日がたまたま土曜日だったから真輝も呼んで部室に集まった。

「あっ! 結果出たよ」

 私たちはパソコンの画面を瞬きもせずに見た。長い沈黙が流れる。

「……ねぇ、これ」

 修大がパソコンの画面を指した。

「これって、俺らじゃね?」

 大貴が振り返ってみんなを見た。

「うん。うちらだよ」

 私は信じられなくてその言葉しか出なかった。

「先生、呼んでくる!」

 舞央が走って部室を出た。って、先生呼んでなかったんだ。

 しばらくして、舞央が先生を連れて戻ってきた。

「賞とったってホント!?」

 先生もまだ信じきれていなかった。

「本当ですよ。ほら」

 来未が先生を手招きしてパソコンに指を指した。

「ホントだ! すごいじゃん。これで廃部も免れるかも! 早速校長先生に報告してくる」

 先生はそう言って部室を飛び出した。

 そういえば、この映画撮影の目的は廃部を阻止するためだった。でも、いつの間にかそのことを私もみんなも忘れていた。

「そう言えば、そうだったね……」

「この目的忘れてたわ」

 真輝と星絆が笑いながら言った。

「でも、賞とれたんだから廃部はないでしょ」

 勝がそう言うとほっとしたのかなんなのか急にみんなも笑い出した。

 後日、学校宛てに賞状が届いた。

“王徳高校 文芸部様”と書かれた賞状には“審査員特別賞”と書かれていた。

 優勝はさすがに取ることはできなかったが、賞は賞だ。どんな賞であれ、私たちは結果を残せたこと、廃部を阻止できたことが何よりもうれしかった。

「じゃあ、写真撮るよ」

 事務の先生がカメラを持って構える。

「やっぱ部長が賞状持つべきだよ」

 修大が賞状を玲旺に差し出した。

「いいよ、俺は」

「なんで、主人公じゃん」

 私も玲旺を説得した。

「玲旺が持たないなら俺が持つ―」

「大貴は絶対だめ」

 舞央が否定した。

「じゃあ、間を取って俺が」

「星絆は退部したでしょ!」

 来未が続いて否定をした。

「やっぱり、ここは部長の玲旺が持つべきだって」

「あの……。まだですか?」

 賞状を誰が持つかでしばらくもめていたら、事務の先生がタイミングを見計らうようにして言った。

「あっ、すいません」

「ほら、玲旺、持って」

 私が賞状を玲旺に渡すと、玲旺もさすがに折れて素直に受け取った。

「じゃあ、撮りますよー。はい、チーズ!」

 この写真に写った私たちはまぶしいくらいの笑顔だった。

 このときの写真を額に入れて、もう誰もいない部室に飾った。


 =====


 ここは、王徳高校の視聴覚室。ただ今、文芸部最後の活動となる文化祭が行われている。

「文芸部作成映画『キセキ』ご覧にいただきありがとうございました」

「となりの教室でこの作品も掲載した短編集とイラスト集も販売しているので、ぜひ、ご覧下さい」

 午後の担当を任された私と来未は映画を観終わったお客さんにお礼と宣伝をした。

「華瑠、来未、お疲れー」

「舞央もお疲れ」

「短編集とイラスト集、結構売れてるよ」

「えっ、ホント! 良かった~」

 私と来未は顔を見合わせて笑った。

「やっぱ、映画やってよかったね」

「うん。それを短編集に載せちゃうっていうね」

「玲旺さすがだよね」

「脚本をした修大もすごいよね」

「文芸部が廃部の危機っていう設定には最初驚いたけどね」

「そうそう。短編集買いに来る人も本当のことだと勘違いして、『廃部にならなくてよかったね』とか言うお客さんいるよ」

「えっ、マジ!?」

「まぁ、うちらが本人役出ててるから仕方ないよね」

 私たちがしゃべっていると先生がやって来た。

「みんなお疲れ。この三年間でいちばんいいじゃない。今年」

「そうですよね!」

 私は笑顔で答えた。

「うん。あっ、そういえば、文化祭終わったら部室集まって。みんな今日で最後だからさ。ちょっとした打ち上げやろうと思って。星絆と真輝も誘ってね。大貴は……誘わなくても来るか」

「分かりました。星絆と真輝だけ誘っときます」


 ***


 先生に言われて集められた私たちは先生の到着を待った。

「ごめんね。お待たせ―」

 先生はジュースとお菓子を持ってやって来た。

「もう、先生遅―い」

「やっぱり、大貴は誘わなくても来たね」

「まぁ、もうほとんど文芸部のようなもんだし」

 玲旺がちょっと嫌そうな顔をしながら言った。

「そんな顔すんなよ。玲旺」

「そういうのが面倒くさいんだよ!」

 でも、玲旺は笑顔で言った。本気では思っていないようだ。

「先生、僕たちもいいんですか?」

「そもそも、僕はここの生徒でもないですけど……」

 星絆と真輝が心配そうに言った。

「もちろん。仲間は仲間でしょ。映画も出てるんだから」

 そう言うと、星絆と真輝は少し嬉しそうな顔をした。

「では、打ち上げやりますか!」

 先生の一言で文芸部の打ち上げが始まった。

 打ち上げを始めて三十分くらいがたったころだっただろか、先生が少し低いトーンで話し出した。

「みんなさ、今回の映画あったでしょ。あれ、本当に自分たちで考えた話だよね?」

「そうですよ。修大が考えたんですよ。ねぇ」

「うん。映画の中で映画を撮るって少し複雑にはしちゃったけど、玲旺とかにアドバイスもらいながら作りました」

「なら、いいんだけど……」

「なんですか、先生? 何かあったんですか?」

 私が先生に聞くと、先生は少し困った顔をした。

「それが……。文芸部の廃部の話って嘘じゃないんだよね」

「え? どういう意味」

 勝もジュースを飲もうとした手を止めて聞いた。

「夏休みに入る前に文芸部を廃部にする話が出てるって言われたんだよね。まだ時期は決まってなかったんだけど」

「じゃ、じゃあ、本当に文芸部は廃部しちゃうってこと?」

「まさか、映画の世界が現実に!?」

 真輝も星絆も動揺していた。

「いや、でも、今回の頑張りを見て廃部の話は保留にするってさっき言われたから。しばらくはまだ存続するよ」

「あー、よかった」

「もう、びっくりした~」

 来未と舞央がホッと肩をなでおろした。

「でも、まさか本当に廃部の話が出ているとはね」

 玲旺が一息つくように言った。

「ってことは、うちら、映画の世界でも現実の世界でも文芸部を救ったってことだね」

 なんだかそのことが私は無性にうれしくなった。


 ***


 半年がたち、新年度を迎えた。

 私たちは三月に王徳高校を卒業し、それぞれの道に歩み始めた。新しい生活に慣れたころ、先生から一通のメールが届いた。

『華瑠ちゃん、元気? 新しい生活には慣れた? こっちはというと、文芸部になんと五人の新入部員が入りました! 何とか存続できています。それで、新入部員たちが部室に飾った写真を見てさ「これ、何の賞とったんですか?」って聞いてくるんだけど、どう答えたらいい? 正解教えてー』

 正解と言われても、私も正解がわからないから困ると思いながらも返信をした。

『先生、お久しぶりです。生活にはだんだん慣れてきましたよ。それにしても、新入部員が入ってくれてよかったです。五人に頑張ってと伝えてください。でも、新入部員の質問には困りましたねwww 私にも正解がわからないので、先生、その辺の処理をうまくやって下さい。お願いします』

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キセキ sorairo @sorairo987

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