君は
蒼野海
第1話
毎日、帰ってくると君の目は潤んでいる。
「おかえり」
そう言う彼をいつも通り抱きしめ、頭を撫でる。
「ただいま」
同じくらいの目線、自分より少し長い髪を梳く。
「晩ごはん何?」
「炊き込みご飯とサンマ」
「これまた随分と、秋だな」
少し胸を押され、顔を上げた彼と目が合う。
「玄関、寒いね」
潤みの治まった目は視線から一瞬逃げる様に揺れた後、じっとこちらを見つめ返してくる。
「……俺、冷たい?」
そう尋ねると彼はゆっくり首を左右に振り、再び肩口に顔を埋めた。
背に回された彼の腕が、先程よりも強く引き寄せる。
「あったかい」
パーカーによってくぐもった声は、儚く聴こえた。
一緒に暮らそうと彼に言った時、とても驚かれた記憶がある。それから暫くして、一緒に暮らし始めた日、言われた。
「いつか、帰ってこなくなってもいいよ」
真っ直ぐ目を見たまま、彼は言った。腹を括ったような顔をしていた。
正直、腹が立った。中途半端な気持ちで決めた事ではない。けれど、少し甘く見ていると思われているような気がして。それなのに何も言えなかった。何故だか射抜く目が、悲しみを湛えているように見えたから。
お互い多くは語らない性分だから、発言の理由は何も触れなかったけれど、きっと彼の前の男に関係があるのだろうということは想像がついた。
心に深手を負わされたのか。隣でスヤスヤと眠る彼を見つめても、当然何も返っては来なかった。
「今、幸せ?」
「俺は幸せだけど、お前は辛いの?」
髪を撫でながら、独り
「俺は、帰ってくるよ」
「明日も」
「明後日も」
「その先も」
「どうしてあんな事言ったかは言えるようになったらでいいよ」
「待つから」
目を覚ます気配は無い。やわらかな髪はサラサラと手から零れ、彼のもとへ戻る。
「一生一緒に居たいなんて大それたことは言わない」
「そんなおっきい幸せ、願ったら罰が当たりそうだ」
「だから、」
「お前も、俺に飽きたら出て行ってもいいよ」
「それで幸せになれるなら」
「そう思って、言ったんだろ?」
面と向かってなんて俺には言えない。
「素直じゃないね」
「俺も、お前も」
けれど今更お互い変えられないだろう?
「おやすみ」
サイドテーブルの灯りを消し、彼の隣に潜り込む。
いつか、出迎える君の目は潤まなくなるのだろうか。
いつか、なんの憂いもなくふたりで生きていけるだろうか。
いつか。
いつか、
君は。
君は 蒼野海 @paleblue_sea
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