第20話 天使飛行艇からの朝焼けの海

 メアイとメーイェは二人で遊んでいるときも、お互いの身体に触れてはならない、という掟にまで遡って、健気にも天使の戒めを守っていた。人は誰もが神の子として創造されている、と天使の教えを二人で暗誦しながら、大宇宙の法から堕落してしまった自分たちは神の子にはなれないのかと悲嘆した。慰め合うために手を伸ばしかけたが、指の先から堕落が始まるのかと畏れ、出した手を引っ込めた。

 お互い向き合って手の平が触れないように、まるでそこに見えない壁があるかのように、両手をかざし続けていた。実際には本当に見えない壁があったのかもしれない。子どもたちの間にも、子と親との間にも。

 この様子をルビヤは木陰から見守っていた。二人が約束を違えて二度目の性交を結び、さらに堕落するのでは、と気が気ではならなかった。メアイとメーイェを信じたかった。二人を信じることができなかった。子どもたちを信じることができない自分に、罪意識まで感じてしまっていた。

 神の子の家族の間には、どことなく張りつめた空気が流れ、早朝の森の霧のように、互いの顔が確認し辛くなくなってきた。

 メーイェは濃い霧のどこからか自分を監視する、目には見えない謎の視線が、怪物のようで恐ろしいと思っていた。


 三代目アンデの悲報の知らせが届いた。神の子の堕落を、直感で勘付いて絶望してしまったのか、天使の総長である聖皇アンデがみまかった。ルビヤの父の葬儀は、神聖レムリア王国の中心部にあるエデン大聖堂で行われる運びとなった。

 アンデの葬式にはメアイとメーイェも参列させるつもりだった。

 翌日の早朝、二人の子どもたちは、ユリスを真ん中にして立っていた。メーイェは目を擦りながら半分寝ていて、メアイは立ったまま眠っていた。突然、住居の屋上の辺りに太陽が現れたかとメーイェが思うと、それは光芒に包まれた円盤だった。全能の樹は光を反射させていた。メアイは眩い光に襲われて、眠気が一瞬で吹き飛んだ。隣にいるユリスの手が肩に触れたとメアイが感じたときに、一瞬で頭上の天使飛行艇の内部に三人は転送された。ルビヤは花園の住居の上空に、天使飛行艇を空中で停止させていた。ルビヤが駆るこの機体は、重力の作用を無効化するエネルギー波を発しながら滞空していた。

 前日の晩に、ルビヤはユリスとリオンに相談した。

 神の子たちが悲観的になっている。気分転換にアンデの葬式に連れていくというのはどうか?

 少し遠回りして、飛行艇からテラの海でも眺めながら、レムリアを観光するという小旅行の意味も兼ねて。あの子たちは、堕落の恐怖を感じ、私たちへの不信の念を抱いてしまっている。


 メアイは飛行艇の内部を動き回った。扉を開けずとも、前に進めば突き抜けることができる、物質波動が精妙な扉を突き抜け、飛行艇の最後尾までいったかと思うと、メーイェは空中に浮かぶベッドを前にして、頭を捻った末によじ登っていた。ルビヤが操縦桿を握っている操縦席にまで、戻ってきたメアイは、様々な計器が勝手気ままに動いたり音を立てたりするのを、興味深く眺めた。

「危ないから、そこに座っていなさい」

「あとで、朝食を出しますからね」

 ルビヤに言われた通りに、二人が割れた卵のような座席に座ると、青い光が不思議な椅子を包み込んだ。

 天使飛行艇は低い音を発して、霧の中を螺旋状に上昇した。

 メアイとメーイェは窓から見える、見慣れた花園の住居や池が回転する様子に、息を呑んで見入っていた。機体がある程度の高度を保つと、飛行艇は速度を上げて推進し、森の景色が幻想のように次々と遠ざかっていった。

「今日は遠足だよ」

 ルビヤは飛行艇の運転を自動操縦に切り替えると、もう自由にしていいよ、と子どもたちに告げた。二人は外の風景をずっと見続けていた。

 空が紅く色づき始めた。岩場や、荒れ地や、見たこともない巨大な生物が、目の前に現れては遠ざかっていった。

「鳥と一緒に飛んでいる」メーイェは面白そうに笑った。

 海が見えてきた。メアイは座席から立ち上がり、窓に両手を当てて、朝焼けの海を眺めていた。

「これが海……」


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