第19話 少年時代のメアイは埋葬された
メーイェは自分たちが天使から捨てられるのではないか、と心配していたが、ユリスはそんな娘の肩に触れて、怯えることはないと諭した。
メアイは巨人が食べるような巨大な樹の実を見つけ、斧で実の外殻を半分に割った。身体を丸めれば子どもでも入るくらいの殻で、川で遊ぶための小舟を作った。
神の子の家族は表面上、穏やかに生活を続けているように見えたが、地中では禍々しい苦悩の根を家族の間で共有していた。
この星テラを破滅させる原因になるかもしれない幼い性交だった。
それほど愛はねじれやすく、ねじれたものは次のねじれの力のもとになった。
初代ルビヤとルビヤの複製天使が、それぞれの宇宙船の窓から見たリラ星やベガ星の崩壊の光景が、予兆のように三番目のルビヤの脳裏によぎった。
メーイェは夜中に寝床から抜け出して、二階の岩棚から脚を垂らして月を眺めていた。隣の部屋から、微かに父と母が話している声が聴こえてくる。耳を澄ませると「子どもたちが堕落してしまった…………素直にそれを認めてくれるなら……これからどのように教育しよう」と聞きとれた。
私とメアイは堕落してしまった? やはり果実の森での出来事が、戒めを守らなかったことが原因だったのだろうか。メアイの所為で私まで堕落してしまった? 私は何もしていないのに。
メーイェは眩暈を覚えて必死に自分一人にあてがわれた寝床に戻り、気絶するように毛布を頭まで引き寄せて眠ったふりをした。メーイェの部屋とメアイが寝床にしている部屋は離れた場所にあって、天使たちの部屋の前を通らなければ行くことはできなかった。メアイ、あなたのせいで私まで堕落してしまったの? と問い質すことはできなかった。ルビヤとユリスは交代で眠っていて、夜の見張り番を引き継ぐときに、二人が会話していたのを偶然、メーイェが聴いていたのだった。
ガス灯の明かりに照らされた部屋の隅で、年老いた八匹の蛇たちが、メーイェを見ていた。
いや、メーイェは気付いた。
八匹ではない。
蛇の数が半分に減って、四匹になった。
彼らは仲間割れを起こして、四匹の黒い蛇を食べてしまったのだろうか?
白い蛇たちは岩の割れ目に消えた。メーイェは自分も小さくなって蛇の後について行きたかった。
四匹の蛇が忽然と姿を消したあくる日、猫が変わり果てた姿で池に沈んでいるのが見つかった。メーイェは、腰まで水に浸かって、猫の水死体を抱きあげて階段の上に横たえた。
どうして? 泳ぎは得意だったのに。一緒に、水中深くまで泳いでいったのに。
メーイェは膝をつき、涙をこぼして泣いた。
「兎もいない。メアイ、お願い。兎を探してきて……」
メーイェは心が折られて、座り込んだまま、動けなくなっていた。
メアイは頷くと、その場を後にして、当てもなく森の中に分け入って、兎を探すふりをした。
小舟に檻を乗せて、瑪瑙川から流した。檻の舟を川に流したとき、メアイは一度も振り返らなかった。メアイは瑪瑙川の方角を意識的に避けた。あの川は時がゆっくりと流れていて、いまだに檻舟は、あの場から少しも動いていない気がしたから。
「兎なんて別にいなくてもいいよ。いてもいなくても同じじゃない」
猫は溺れ死に、兎は少年が捨て、四匹の蛇が消えた。犬は寂しそうに鳴いていた。
神の子たちが堕落したことが何かの不吉な合図だったかのように、あらゆるものが連鎖するように去っていき、あるものは永遠に失われた。
住居から出たところにある、池沿いの道の反対側の花壇の隣に、猫は埋葬されることになった。岩壁に激突して死んだ、青いオオルリの墓の隣に。メアイとルビヤがスコップで地面に穴を掘り、メーイェとユリスが摘んだ花を穴の中に敷き詰めた。最後にメーイェが猫の遺体を、花に飾られた寝具の上にそっと横たえた。天使と子供たちはお別れをして、猫の体に花を乗せた。メーイェは目を閉じて、指を組み合わせて祈っていた。ルビヤが猫の遺体に土をかけている途中、メアイは数年前の自分が埋められていくような幻覚を感じた。
少年の時代のメアイは埋葬されたのだ。もう楽しかったあの頃には戻れないとメアイは予感した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます