第18話 私にとって都合の良い私
ユリスは住居へと帰ってきた二人の子の様子が尋常ではないのを感じ取り、ルビヤを呼びに行った。ルビヤの表情は陰り、急いでメアイとメーイェのもとに向かった。
戒めを破ったのか。声を落としてルビヤは二人の神の子に尋ねた。
メアイは触ってはいないと応えた。
何故、嘘を吐くのか、とルビヤは嘆いた。目眩がした。嘘が何なのか教えてはいないのに。
嘘って何? 嘘なんて吐いていない。
しばしの後ろめたい沈黙の後、メアイは「メーイェに身体を触れられた」と怖気づくことなく言い放った。メーイェに誘われた、と。それはメアイにとっては、肉欲のことだった。
メーイェは責められている間、顔を伏せて地面の草ばかりを見ていた。何も自分の意思を伝えられないかわりに、心の中で首を横に振っていた。ユリスは娘のそんな様子を見守っていた。
二人の未成熟な子どもたちは愛の法則から逸脱した罪穢れを背負ってしまった。
メアイとメーイェが十四歳になったばかりだった。
リオンは花園の池の上空で「アンデに報告するよ」とルビヤ族の二人の天使に告げた。ルビヤは離れた場所から子どもたちを眺めながら心中を語った。
「報告はしないでほしい。心配はかけたくはない。もはや、アンデは寿命が近付いてきて、身体の表面が朽ちかけていると聞いた。それに一度、子どもたちに対して責任を負ってしまった以上、報告しても何も事態は変わらない。神の本意から外れてしまった子どもたちを元の軌道に戻すだけだ。子どもたちが堕落した責任を、私たちがずっと持ち続けることには変わりはない」
「アンデに嘘の報告をしろと?」
「アンデの心労を慮ってのことだ。これ以上、父を悲しませたくない。頼むよ、リオン」
真の神の子になるためには、知性と霊性の向上に約二十年(六・六六年×三)の時を要したが、その期間中の霊的未熟時での性の結びは、天使によって堅く禁じられていた。何故なら、性と生命の神秘は、宇宙創造神の聖域に属するもので、いちど神の意識を分け与えられた存在が、軽く性を扱ってはならなかった。二十年間、アンデの掟を守り、天使に祝福されて初めて、神の子は承認される。それが成人するという本当の意味だった。その後に、夫婦による家庭を築くことが許された。
神の子が堕落したからといって、すべてがご破算になるわけではなかった。
メアイとメーイェは十四歳で堕落したが、もう一度、はじめからやり直すこともできた。砂時計の三回分のおよそ二十年を加算した三十四歳になったときに、順調に真の神の子として育っていれば、ようやく聖婚式を挙げることができる。もちろん、性を穢した罪を償う分も考慮して、もっと長く時間を見積もる必要もあるが、本人たちの祈りと愛の実践の努力次第だった。時間が掛かることに関しては問題はない。蛇との共生の中では、想定内だった。ルビヤにとって気がかりだったのは、メアイが嘘を吐いたことだった。メアイは堕落の責任が、自分自身にあることを認めなかった。このまま、メアイを成長させたとしても……。
神の子は素直さが前提になければならなかった。一番初めで躓いて歪んだ精神が形成されてしまえば、知性や霊性をいくら積んでいったところで、その力は偽善的にしか作用せず、やがて悪い方向へと働いてしまうだろう。いくら綺麗事で心の均整を保とうとしても、本当の自分と向き合うことを先延ばしにするだけで、根本的な改善がなければ、いつかは現実に直面したときに崩壊するだろう。
何故なら、本当の敵とは、自分をごまかして覆い隠す、自分にとって都合の良い自分だからだ。
自らの闇を見なくても済むように、偽りの光を纏ってはならなかった。それは光のふりをした闇だった。
あの子たちは大丈夫だろうか? 偽りの神の子を養育することになるのでは。それがルビヤの心配の種だった。
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