第17話 おぞましく変容させた例え話

 全能の機械樹にしては、地面にできる影の形状が異様だった。メアイはゆっくりと、振り返って影の正体を確かめた。

 蜈蚣だった。天使たちの身体よりも巨大で黒々としたムカデが、今まさにメアイたちに覆い被さろうとしていた。メアイは右腕をムカデに素早く噛まれ、顎肢から瞬時に毒が全身に回って痙攣した。ムカデの橙色の触覚は、メアイの身体のあちこちに触れて対象を精査していた。ようやくムカデは、獲物の周りでとぐろを巻いて、動けなくなったメアイの頭部に噛り付いて食べ始めた。

 目に見えないドーム状の高次元エネルギーの温室。

 花園の境界から外に出ようとすると、子どもたちの潜在意識に働きかけて、恐怖の怪物を内面に投影させる装置。それは神の子が禁忌を犯して、性的に堕落したときにも、段階的に発動していた。

 メーイェは爆発するザクロを幻視し、メアイは岩を這うムカデや機械樹や大ムカデを幻視した。だからメアイはザクロのしずくを浴びても気付かなかったし、恐ろしく視力が発達して、遠くの場所を見ているような感覚になった。

 大ムカデに食べられる恐怖に発狂して頭を抱えるメアイを前にして、メーイェもまた、どうしていいか分からずに、一人で動揺していた。その間にも、ザクロの匂いに誘惑されて、血に塗れた不死の女が小腸を引き摺りながら、草地を踏みしめて歩いていた。あと数秒後に、メーイェが背後を振り返ったときには、もう手遅れだった。

 二種類の怪物が神の子たちを食した後は、脳内のまぼろしを恐怖していた宿主の脳は、すでに胃袋の中で溶けているというのに、まだ怪物たちの想像力は消滅せずに、今度は二匹のまぼろしの間で、血塗られた性の交わりが行われた。二人の子供たちの破れた服の切れ端や草履が散らばる中で。

 大ムカデは血塗れの女の身体に巻き付き、不死身の女は血を吐きながら喘いだ。ムカデの精包を受け、不死の女は何かを受胎すると、花園はあらゆる果実をすり潰したかのように搔き混ぜられ、混沌に犯された地面は地響きを立て陥没していった。

 そのときに産まれた卵が脊髄と一体化した胎児は、一旦、時の外部で冷凍保存され、半虫半人のムカデ占い師インダとして占い族の村に誕生することになったのかもしれない。


 はるか時の彼方で、大公邸宅内の廊下で、椰子の実から産まれたアレフオが目撃した、大公妃メーイェの身体を貪ったムカデの大群は、原初の神の子たちの「花園の落下神話」を、遠い未来におぞましく変容させた例え話として投影されたか、もしくは、「花園の落下神話」に付随したまぼろしの戯れが、無限に伸びていくムカデの背を伝って、ほぼ同じような形でメサティック暦二千十九年に実を結んで再現されたのかもしれない。現実が虚構になり、虚構が現実になった。

 この書物の黄金篇の第四十二話の余白に印刷されていたS字型のムカデの挿絵も、現実に命を吹き込まれて実体化して動き出し、本の背に孔を開けて自らの子を産卵した後は、栞か平織りの紐のように書物の谷間を一項ずつ移動し、やがてあなたが今、読んでいる項にまで達するだろう。


 メアイとメーイェの二人は意識を失って、果樹園で折り重なるようにして倒れた。

 花たちは沈黙して、小鳥の囀りを聴いていた。

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