第16話 堕落告知する機械的な下僕

 大宇宙のふところ、光が零れる小窓。はるか高い小窓から落とされた毬は、永遠に闇の中を落下していく。誰かが、その毬に連れ添って、墜落していかなければならない。毬は神から離れて、年を追うごとに遠くなる。神の光は見えなくなる。神は何もしてくれない無責任な存在にされ、神は存在しないものとされ、神は悪魔と同義の存在とされ、やがて神という概念も消滅し、何もない虚無の闇の先から炎が立ち昇って、宇宙全体を焼き尽くしていく。神の光が届かないとは、そういうことだった。


「遺伝子、分かりやすく云えば、小さすぎて目に見えない紡ぎ糸によって、私たちとあなたたちは繋がっているから、私たちアンデの天使一族が、みんな死んでしまったとしても、心配しなくてもいいよ。いつも、あなたたちと共にある。何千年経っても、魂と血はずっと繋がっている」


 この生活を順調に続けていけば、リラ星で歪んでしまった我々の愛も、やがては修復されていくだろうとルビヤは安堵していた。そのために新しい息子と娘に感謝していた。ルビヤは連れ合いに向かって頷き、ユリスは微笑を返した。

 リオン族の長、天使リオンは沈みゆく夕陽の中で、爽やかな風を受けて崖の端に佇み、天使と人の子による理想の家族を暖かい目で眺めていた。

「彼らの家族は万事うまくいっていますよ」とリオンは誰ともなく呟いた。それは言葉を介さない波動だった。

 天使の総代アンデの特使であるリオンは、ルビヤと人の子の一族を見守り、銀河人類たちの父アンデに報告する役目を請け負っていた。

 メアイとメーイェは、傍目には気付くことのない微妙な関係性を維持したまま、年を経て成長していった。


 花園の時と時の間に隠された甘酸っぱい黙秘があった。折り重なる木立の悪戯に、養父母たちには覗くことのできない万華鏡があった。天使たちの心臓の鼓動が永遠に結晶と化した一瞬があった。

 メアイはメーイェを連れて果樹園の奥まで果実狩りに誘った。メアイは不満に思っていた。何故、天使とメーイェは、僕につまらない兎を押し付けるんだ? 僕が本当に好きなのは……。

 メアイはメーイェに自分を認めてほしかった。

 メアイはメーイェの手首を押さえつけた。果実の群れが見下ろすまなざしの中で、メアイとメーイェは性的に堕落した。

 林檎の雨が降る。どこか遠くで、全能の樹の実はすべて落ちて腐り、葉は折れ曲がるようにして枯れていった。目眩がして、花園が上下、逆さまになって、空にも果実が落ちていった。二人は偶然が示し合わせた迷宮に守られていた。

 メーイェは瑞々しい草の上で、メアイのなすがままにしていた。枝にぶら下がるザクロの実が見えた。紅いザクロの実は、何故か果皮が黄色に変色して、表面に黒い筋がいくつも現れ、やがて破裂した。ザクロの雫が辺りに飛び散って、メーイェは反射的に瞼を閉じたが、メアイがザクロの爆発に気付いた様子はなかった。メアイの裸の背中にも雫や果実の破片がかかっているはずなのに、高まっていく行為に夢中なのか、意に介していなかった。そしてメーイェには、これが何を意味するのか、まるで分かっていなかった。ザクロの匂いが立ちこめて、代わりに宇宙創造神の香水は消えていってしまった。

 メアイの身体に触れてはならないと天使と約束したのではなかったっけ?


 どこかの岩を虫が這って乗り越えていくのをメアイは感知していた。メアイはその知覚を不思議に思ったが、自分の興奮を抑えることはできなかった。草むらを背にして倒れているメーイェの上を覆っていく不気味な影に気付いた。自分の背後に何者かが直立している。

(全能の樹?)

 あの機械仕掛けの樹がやってきた。二人の堕落を告げ知らせるために。神の子の体の成長に対応するように、機械的に伸びていく機械の樹。

(あの天使の下僕の樹は、何をしにやってきた? 僕はお前なんか怖くないぞ)

(いや、違う。これは……)

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