第15話 滅びの機械仕掛けに身を委ねてはならない

「宇宙には全体に遍く拡がる意識があって、もう一つの宇宙として、目に見えない世界が存在している」

「目に見えないものしか存在していないのに、何故、目に見えないものが存在していると分かるの?」

 メアイは疑問に思ったことを訊いた。

「メアイ。あなたという生物の構成は、身体と心の二つの原理の異なるものに分かれているだろう。あなたがそこに在るという感覚は、あなたが疑ったとしても存在するだろう。それと同じように、宇宙創造神も、身体と心とに分かれているんだ。私たちを包むこの宇宙が、宇宙創造神の身体で、それに対応した心が、宇宙創造神の意識になる。星にも宇宙意識から分割された、ナイフで切り取られたケーキのような固有の意識がある。それこそ星の数だけ、無数に神々が頭上の空に配列されていることになる。宇宙は神々が瞬く海なのだよ。そしてすべての物質は、宇宙の意識から切り取られた魂をその身に与えられている」

 メアイは隣で仰向けになって夜空を見上げているメーイェを何気なく見た。メーイェはルビヤの言葉を頷きながらよく聞いていた。メアイは最近のメーイェの全体的な変化に気付いていた。自分には宇宙意識とかはよく分からないけれど、メーイェは間違いなく天使の教えを理解していて、何か別の者かになろうとしていた。メアイは幾ばくかの焦りを覚え、同時に少女に対する劣等感も感じていた。そのために急激に知性と霊性を高めようと願ってしまった。メーイェより、早く神の子になりたい。その性急すぎる望みは欲望へと変わり、メアイの理性を失うきっかけを作ってしまった。

 メアイは「僕は神の子なんかより、もっと上の神になりたいんだけど」と思っていた。それは本心ではなく、冗談のつもりだっただろう。自分はこんなにも努力しているのに、知性も霊性もメーイェに劣っている。下手をしたら、体力でさえも負けてしまうかもしれない。

 日常的に感じる遣り切れなさから、傷つきやすい自分を慰めようとして、皮肉をつい心に思ってしまった。口に出して言ったら、きっと天使たちを怒らせてしまうだろう。心の中で思うだけで、押し留めていた。

 その隠された願望が、メアイの心の反響となって、メアイの内面に偽りの神の種を植え付けて、長い時間をかけて偽りの神の芽を育て上げていった。不平不満や傲慢な心などの負の感情が、偽りの神の養分になった。

 ルビヤはメアイの心の内面を瞬時に読み取ると、メアイを一瞥した。メアイは見透かされた気分になって、長く伸びた白い前髪を、指で束にして目元を隠した。メーイェが開いた第三の眼とは全く異質の、魔性の眼と呼ぶべきものが、メアイに開きつつあった。


「神の子だけが神の御魂に還ることが許される。私たち天使の魂も、この肉体が朽ち果てたら、神の霊的な身体の一部になるよ」

「神の子だけ? 神の子になれなかったら、どうなるの?」メーイェは訊いた。

「神から神性を与えられた神の子が死して、神の御魂の一部になり損ねた魂は、この宇宙にあってはならないから、滅びの意志というか、誰の意志も介在しない、滅びの機械仕掛けプログラムに、その身を委ねることになる。存在してはならない、故に消えてなくなりたいという欲望が、例え、身体が消えたとしても、まだ欲望だけは残るから、無限に繁殖して、やがて全ての生命、星、宇宙までも消失させていくことになる。大宇宙は不老不死の寿命を失うことになっても、神の子が戻ってくることを夢見ている。すべての子を見守ることが、大宇宙の慈悲なんだよ」

「難しくて分からない……」とメーイェは悲しそうに呟いた。

「今はまだ分からなくてもいい。落ち着いて無理をせずに、ゆっくりと理解していけばいい」

 ……もし、そのようなことがあれば、私たち天使か星の意識のどちらかが、いつか手を下さねばならない。もし、そうなってしまったら、私たちもまた、大宇宙の本源には還れなくなる。

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