第14話 宇宙創造神の香水の匂いに包まれて

 天使と人の子の家族は語らい、笑いながら暮らした。メアイはユリスに、メーイェはルビヤに思う存分、どことなく必要以上に甘えた。養父母の天使たちは、子に愛を求められていると知り、惜しみなく優しさを与えた。まったき神の真理を教えた。子に愛されていると知り、親としての自信を取り戻しつつあった。

「今晩は見晴らしの良い丘で星を見に行こう」

 夜の暗い道をルビヤは輝きながら先頭を歩き、その後ろをメーイェとランタンを手にしたメアイと動物たちが続き、遅れて八匹の蛇たちが後を追って、しんがりを、身体を煌めかせていたユリスが務めた。それは世にも夢幻的な、魔法のような行列だった。花に囲まれた道を行き、最後にアーチの下を抜けると、はたと景色が開けて、月の光に照らされた小高い丘が見えてきた。カーブになった道を廻りながら丘を登り、今にでも星空が降りてきそうな頂上にまで辿り着いた。

 神の子たちは芝生の上で寝そべり、動物たちは思い思いの姿勢で佇んだ。ちょうど誰かが月から天体望遠鏡でこの様子を見たら、ランタンの灯を中心にした、趣向を凝らした日時計のようにも見えただろう。

 メーイェは空に吸い込まれそうだった。耳を澄ましたら、小川のせせらぎが聴こえてきた。あれは瑪瑙川、それとも汚物川。メーイェは連想して、汚物犬を思い出してしまった。犬を洗っても匂いが取れない。でも、もう大丈夫。メーイェが、犬が臭いと駄々を捏ねたら、ユリスに薔薇の花弁からできる香水の作り方を教えてもらっていた。

 ルビヤとユリスは腰を軸にして、地面と平行になるように角度を調整して回転した。ルビヤが語り出したので、メーイェは意識を天使の声がするほうに集中した。

「星が散らばっているのが見えるね。あれが宇宙だということは、前にも教えてきたね。ここは天の川銀河と呼ばれる星の海だ。

 いつも、あなたたちを神の子と言ってきた。誤解しないでほしいのだが、あなたたちは神の子であっても、神そのものではないのだ。神は愛の光によって宇宙を創造した存在であり、同時に自らも宇宙として、その愛を体現した宇宙そのものでもある。だから神は至るところに偏在する。石から植物から、水、大気に動物に、そして、あなたたちも神の一部だ。ご覧、あの無数の星々もそうだし、今、背中に触れている大地だってそうだ。

 宇宙の中に、ちっぽけなあなたたちがいて、あなたたちの中に、あの宇宙が渦巻いているのだよ。そして宇宙の本質は、愛そのものだ。だから、あなたたちの身体もまた、愛によってできていて、いつも宇宙がその体を輝かせて全存在を愛したように、あなたたちもまた、宇宙の愛を光のように発することができる。いつか、あなたたちの身体の中に、大宇宙の息吹が響いてくることがあるかもしれない。そんなときは宇宙創造神の香水の匂いに包まれるだろう。それが神性の目覚めだ」

 メーイェは、はっとした。天使から漂ってくる、天使の香りと思っていたのは、宇宙創造神の香水の匂いなんだ。メーイェはそのことに思い至った。

「神の子の在り方は、自分が一番で何でも好きなようにしていい、という傲慢な気持ちではなく、宇宙である神の前で、その子どもであるように無垢に祈り、謙虚な気持ちでいることだ。素直さが最も大切なことなんだよ」

 ルビヤの言葉を聞いて、メーイェは無数の星々を漠然と眺めた。メーイェは自分が星空に溶けていくと感じた。星空と自分の意識が混ざりあった中に、そっと祈りを投げ入れてみた。眠る振りをして、眼を閉じてみた。自分の身体から天使の香りが立ち込めてきた。すなわち宇宙創造神の香りでもあった。宇宙の香水。それは何とも形容しがたい幸せな、至福の瞬間だった。ちょっと前にも、こんな気分になったことがあるような気がしたが、メーイェは忘れてしまっていた。おそらくそれは、今はもうメーイェから失われてしまった、銀色の笛を吹いていたときの記憶だった。

 家族と動物たちは、そのように幾千の星を眺めていた。八匹の蛇たちは、寝転がるのにも飽きて、辺りを這いずり回っていた。

「だから神から離れないように。宇宙の香りを忘れないように」

「宇宙は何のために存在しているの?」

「宇宙の存在理由は、ただ愛するために永遠に存在している」

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