第12話 恐怖の大王の玉座を譲位する

 リラ十二天使支族の子孫は、プレアデス派閥とシリウス派閥に分かれ、何億年も闘争を繰り返してきた。天使の総代である、父なるアンデの度重なる警告も無視し、ウロボロスの二匹の蛇のように、互いの尾を喰い合い、何億年も宇宙に不調和をもたらした。プレアデスは男性性を、シリウスは女性性を司っていたが、陰陽の不一致が争いの種となり、真理を重んずるか、愛を重んずるかで口論となった。天の川銀河戦争は膠着状態に突入し、アンデには、この現状を打開することは不可能のように思えた。しかし何億年もの寿命を持つリラ十二支族は、既に生殖器が退化しており、カルマ清算の歴史を始めからやり直そうにも、親族の間からは新たに子どもを宿すことができなかった。そのため、まず、全く新しい生命が必要となった。水と空気のある環境に適した星、太陽。生命の活動には水の存在が絶対条件ではなかったが、今回は水をベースとした生命体を創造することになった。そして気の遠くなる実験の末、ようやく遺伝子を残すことができるネアンデルタール人種が誕生し、その中からメアイとメーイェが、天使のクローン人種として選ばれた。天使の遺伝子を相続した二人の男女に、天の川銀河のすべてが託された。プレアデスとシリウス間にあった戦争も、両者を中保する連合や評議会を設けて、一時的に休戦協定が結ばれ、天の川銀河、最後の星テラは、多くの知的宇宙生命体によって見守られた。まさに揺り篭のような星だった。リラから始まりテラに終わる。やがて二人の神の子の完成された愛は、永劫に続いてきた罪清算の歴史を終わらせるはずだった。


 いつからだったろう。メーイェは岩山の屋上から落ちて、石床に叩きつけられて、自分の分身がザクロのように破裂して血塗れになる様子を、足をぶらつかせながら何度も想像していた。自分の子どもを代わりに投げ落とすように、何度も複製人間は死んだ。それは爆弾が飛行船から投下されるイメージに似ていたが、もちろん、メーイェは意識の上では、その爆弾の映像を占い師のように呼び起こすことはできなかったが、メーイェの遺伝子の中には、既に銀河戦争の歴史が集約されていて、霊的な過去の映像が、何かの拍子に思い起こされる可能性はあったが、そうならないように天使たちは技術的に配慮していた。そして神々の似姿を創造するうえで、生存のために恐怖心も植え付けられた。


 ドーム状の目に見えない不可視の温室には、次に挙げる重要な効果があった。

 花園と外界との境界線に近付こうとすると、「その先に行ってはならない」という暗示が、神の子たちの潜在意識に働くようになっていた。それを越えようと考えただけで、心の内面の恐怖に結びついた。

 例えば、幼年時代から少女時代にかけてのメーイェの恐怖の対象は、汚物川を轟音と共に下っていく糞便の塊でできた舟に乗る犬だった。豊かな毛に糞尿を纏った犬が、不吉にもメーイェと目が合うと、喜びながら舟から跳び下りて、草原でピクニックを楽しんでいたメーイェに向かって抱きついてくるイメージだった。

 しかし汚物犬は、その恐怖の大王の玉座を譲位することになった。


 神の子は十四歳頃に青年時代の三段階目に入ると、様々に心や体の成長が変化する思春期(六・六六×二)を迎える。これは別名、親への反抗期とも呼ばれる段階だった。

 年頃の少女なら誰もが行うように、メーイェは死について考えるようになった。神の子になれなくなる。全能の樹の実は食べてはならない。食べたら死ぬ。そういった禁忌の知識が記憶に蓄えられ、あらかじめ植え付けられていた、高所で作用する恐怖心に加えて、小鳥が岩壁に追突して死ぬ、という実際に起こった身近な死の想い出から、「全能の樹のある屋上から、飛び降りたら死ぬ」イメージを繰り返し、思い描くことになった。

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