第11話 花園の子供たちのアセンション計劃

 花園の内部では、いくつもの不可視のドーム状の、人体には害のない高次元エネルギーの障壁が、目に見えない温室の群れのように多層的に折り重なっていた。その機能の一つは気温を調整するもので、様々な花や草木、果実などが一年中いつでも収穫できるようになっており、すべての果実や花の原型が、アンデの花園に集められていた。だから、歩いていた速度を速めて、無目的に花園の中を駆け出せば、あらゆる季節をその身に体感できた。だがアンデの花園が造られた地域にも、ちゃんとした正しい季節があって、いたずらに気温を変化させて、快適に暮らせればいいというわけにもいかなかった。植物園以外の空間は、現在の季節を基準にして、気温が微調整されていた。あくまでも気温の補正ほどのものだった。毛布や防寒用の衣服の必要性がなくなれば、文字通り、温室育ちになってしまうのだ。

 住居は岩盤を刳り貫いて造形しただけなので、居住空間としての壁が奥と横にしかなく、池から見て一階も二階も断面になっていて、試しに池の水面から顔をいくつか出してみれば、観客席から一つの家の家族の様子が観劇できるように丸見えで、これでは保温には適さず、本来、住居が有しているはずの利点を半分は損なっていた。

 何故、そのように設計したかについては、天使の言説によれば、神の子たちが八匹の蛇たちと共に生活する中で、常に本能で生きる蛇たちの影響を受けて、子どもたちが堕落してしまわないように監視するためだった。もちろん、住居だけを限定して目を光らせても、意味はなかったのだ。


 目に見えない硝子と同程度の保温の役割を果たす高次元エネルギーの障壁で住居を取り囲んで、外との温度差を一℃、適温に近い温度になるように調整した。それを池と住居を取り囲むドーム状の障壁で囲んで、外との気温差を一℃に保つようにした。つまり住居から離れれば離れるほど、温度の刺激による皮膚の感覚が快から不快へと変化し、季節や天候によっては、より寒くなったり、より暑くなったり感じるようにした。

 ここで「目に見えない硝子と同程度の保温の役割を果たすなら、硝子張りの住居にしても良いのではないか」という疑問が湧いてくる。実際、そうしても良かったが、物には順序があって、文明の利器を手当たり次第に、新人類に与えるわけにはいかなかった。硝子張りの住居を提供するためには、まず石や砂から、硝子の原料であるケイシャやソーダー灰、石灰石を精製して、千五百度の高熱で溶かし、鋳型に流し込んで冷却して、加工するまでの一連の過程を、神の子に教えて製造させねばならなかった。結局、神の子たちにとって、何を優先的に選択するかはルビヤたちに委ねられた。

 例えば一階には、夜の照明のためにガス灯が置かれたが、その燃料はメタンガスだった。子どもたちの便所は落下式になっていて、水路からの支流が堰き止められて、落ちてきた排泄物を貯められるようになっていた。糞便の貯蔵施設の壁の側面に開いた穴から、管を通してメタンガスは抽出された。排泄物はどうしても出るものなので、存分に有効活用できるように、初期の段階でメタンガスの抽出の仕方とガス灯の仕組みは、神の子たちに教えた。また大腸や直腸に生息する有毒物質の、俗にいう悪玉菌からは、ゴールドやプラチナが抽出できた。おならプー貴金属マイユを提供し、役目を終えた糞便は、水門をこじ開けて、水路の下流に流した。その川は北東の方角を突き進み、子供たちに汚物川と忌み嫌われ、誰も臭くて近寄らなかったが、散歩中の犬が川に用を足しにいったついでに、楽しそうに汚物川で泳いでいる姿が、度々子供たちに目撃され、犬は穢れたものとして恐れられた。

 ガス灯は簡易的なもので、配管をひいて火口から点火した。メタンガスだけでは安定しなかったので、天使の科学技術も織り混ぜて整えた。また携帯用にランタンとして持ち運べるようにもした。神の子たちを夜の間も観察できるように、どうしても照明設備は早い段階から欲しかった。

 池の浄化と水温を上昇させる装置は、汚水を原子レベルで濾過する仕組みで、今の神の子たちに説明することが困難であるために、機械自体の存在が見つからないように藁で覆って、秘密にしてしまう必要があった。偶々、水が適温で、いつも水がきれいにされて、部屋に適した岩山があった。だが、手で触れることのできる透明な板が、偶然にも住居を覆っていることを装うには無理があった。新人類への文明の伝達には、合理性や優先順位などの精妙な兼ね合いを要したのだ。

 

 しかし天使たちが新人類に文明のイロハを教えることは、あくまでも二次的な事柄に過ぎず、本来の筋道は、彼らが真の神の子に成長するまで養育することにあった。

 これを天使たちは「花園の子供たちのアセンション計劃」と呼んだ。

 子供たちが花園の中で学んで、知性と霊性を高めていって、やがて宇宙創造神の愛を体現できるようになるまで、親としての責任を持って育むこと。

 その第一段階が二十歳の聖婚式だった。

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