第9話 檻の中の兎が哀願するように
メアイは花畑を逃げ回る兎を追いかけていた。紫のロベリア(悪意)や黄色いカーネーション(拒絶)を乱雑に踏み潰して、柵に躓いて転びそうになりながらも、兎の後ろ姿を視角に捉えておくことだけは怠らなかった。やがて走り疲れた兎をガゼボの前で、背後から抱えるようにしてようやく捕まえると、兎の両耳を片手で掴んでぶら下げて休息所の中に入った。ちょうど休息所の小さな円卓の上に載せておいた木製の檻の中に、兎の体を乱暴に押し入れた。木の枝を交差させた格子を下ろすと、兎は檻の出口に駆け寄って哀願するようにメアイを見上げた。檻の下も枝の格子状になっていて、糞尿は隙間から垂れ流せるようになっていた。普段は敷物を下に敷いて、木の枝が汚れてきたら、上から
メアイは兎の視線から目を逸らして、しばらくガゼボで小川を眺めて休憩した。このガゼボは、すぐ横を流れる
メアイは立ち上がると、檻の天辺にある把手を持ち上げた。檻の中の兎は、足場が傾いたために、慌てて、あちらこちらに移動した。兎が檻の中を出鱈目に動き回るために、檻の重心もその都度移動して中々安定しないために、檻を片手で持って歩くのは困難だった。メアイは大人しくして、と兎に注意して両手で檻を持ち上げたまま、やや不格好な態勢で歩いた。
難儀しながらメアイが住居に辿り着くと、笛の音色が聴こえてきた。草履を脱ぎ散らかすと一階の広間に入り、メーイェの姿を横目にしながら、竈のある奥の厨房に向かって歩いていった。メーイェは笛を吹くのに夢中になっていたが、兎を檻に入れたことを彼女にあまり見られたくなかったので、何も声をかけずにメーイェの後ろを通り過ぎた。
メーイェはメアイの気配を察知して笛を吹くのをやめると、これは何事か、と野蛮な少年に問い詰めた。
「兎は邪魔だから、檻に入れて、貯蔵庫の中にしまっておこう」
「何で、そんなひどいことをするの?」
「兎なんて、いてもいなくても意味ないから、ずっと目に付かない処にいればいいんだ」
唇を堅く結んだメーイェは、素早くメアイの持った檻の天辺に指を絡ませて引っ張って、壊れてしまう……と必死に囁くメアイを無視して、力ずくでメアイから檻を奪い取った。格子状の枝の扉を押し上げて、中の兎を逃がしてあげた。可哀想に兎は怯えて、目から涙を溢しながら、丈の高い叢の向こう側に跳躍した。二人の騒動に驚いて、猫と犬と八匹の蛇たちが、目を白黒させながら飛び出してきた。
メーイェは腰に片手をあて、人差し指でメアイの鼻先を指して、
「兎と仲良くしなさい」と叱咤した。
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