第4話 全能の樹と年老いた八匹の蛇

 住居の一階部分、透き通った水の池の前で、天使ルビヤはメアイに縄梯子の作り方を教えていた。メアイと向きあって座り、縄の作り方や結び方や刃物の使い方や、道具の使用方法を丁寧に教え込んだ。メアイは縄梯子を完成させると勢いよく立ち上がり、たちまち体の周りに縄梯子を巻きつけた。

 違う、違う、これは岩山の二階と三階に昇るためのものだ、とルビヤは我が子に教え諭して、難儀しながらメアイに絡まった縄梯子を外していた。メアイは一生懸命に作っていた縄梯子を、服の上から巻きつける道具と勝手に勘違いしていたようだった。ルビヤが立ったままの我が子の顔を見上げると、メアイは両目から涙を流していた。そんなことで泣くな、とルビヤは微笑んだ。

 この間、ユリスはメーイェと森林の別の出口にある湧水の出る泉にまで、水を汲みに行っていた。手足よりも長くて幅のある葉を渦巻き状にしたものを、何枚も重ねて作った水桶を両手で抱えて。

 ルビヤは上階で結びつけておいた縄梯子が安全であるかどうかを、縄を引っ張って確かめていた。登ってもよいという許可を出すと、メアイは喜んで新しい玩具に飛びつき、縄梯子を揺らしながら二階に到着して笑顔を覗かせた。

「浮かぶ炎に近づくために、高いところに行くの?」

「あれは太陽。そして、この空の一帯に目に見えない太陽の天界が広がっている」

 ルビヤは縄梯子を使わずに、空中を浮遊した。

「僕も早く神の子になって、父さんみたいに空を飛びたい」

 二階にはいくつかの部屋があって、よく滑る床を走り回って一通り検分したメアイは、三階にも登りたいと思った。猫は高く跳躍して、前脚の爪で引っ掛けて縄梯子を登ってきた。二階に飛び移った猫は、そのままの勢いで、向かいの壁の下に空いた小さな隙間に突っ込んでいった。

 メアイは背負っていた大きめの葉っぱで作った袋の中から、新しい縄梯子を取り出した。三階へと続く天井に空いた四角形の穴に向かって、片方の端を持ったまま、縄梯子を投げ入れた。縄梯子を固定したルビヤから、登ってもよいという許可が出されると、メアイは激しく梯子を揺らしながら慌てて登り始めた。年老いた八匹の蛇たちも、縄梯子を伝って懸命に登ってきた。犬は縄梯子を登れなかったので、悲しい鳴き声をあげた。兎はどこかの草むらを、飛び跳ねているのだろう、近くには見当たらなかった。あるいは、ユリスとメーイェの後についていったのかもしれない。

 岩山の三階部分は一つの部屋があるだけの屋上だった。その真ん中には鉢で植えられた木があった。傍らに太陽の光を身にまとったルビヤが立ち尽くしていた。

「これは全能の樹だ。花園の中にある実なら、どの実を食べても良いが、この木になる全能の実だけは、取って食べてはならない。今はまだ小さいけれど」

「何で食べたら駄目なの?」

「取って食べたら、命を失うから」とルビヤはメアイに忠告した。

 メアイは涙を流した。

「何で取って食べてはならないものが、ここにあるの? そんな恐ろしい木は、花園から外に出して、僕たちの目の届かない場所に隠してください」

「この樹がなかったら、辛いだろう?」

「悲しい」

「いつか蛇たちが、この実を食べるように唆すだろう。それでも、全能の実は食べてはならないよ」

 全能の樹の樹皮は、滑らかで冷たそうな銀色だった。緑の葉に半ば隠された、若くて小粒の銀色の実は、今のメアイの身長では届かない高さにあった。二階で一匹で隠れんぼをして遊んでいた猫は、いつの間にか行儀よくメアイの隣に座っていた。

 その背後に、年老いた八匹の蛇が、二又に分かれた舌を出して、メアイたちと全能の樹を、物欲しそうに眺めていた。ルビヤの言葉に我に返った蛇たちは、恐ろしくなって、急いで散り散りになって、あらゆる岩の割れ目に隠れた。

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