第5話 枝分かれする蛇の道を逆に辿って
たまにアンデの花園のどこかから笛の音が聴こえてくる。メーイェが初めて耳にしたときは、ただの一つの音が出鱈目に鳴っているだけだったが、何度も聴いているうちに、その音は連なりになって、やがて耳に心地よい旋律になった。初めの頃に比べて、大分上達している。すぐ近くで聴きたいと思っていた。その笛の音色がどこから流れてくるのかメアイと一緒に探りたいと思った。だけど、そんなときは急にメアイは、ぼんやりとした表情になってしまって、「そう? 何も聴こえないけど」と言って、水を張った岩の窪みに、顔を突っ込んでしまった。天使たちにも、笛の音のことを訊いた気がするけれど、そのとき、ルビヤやユリスが何を言ったかは忘れてしまった。天使との曖昧な記憶が、頭の中に半透明の像になって浮かんでいた。
心なしか斜めに伸びている全能の樹を背にして、メーイェは屋上の縁に腰かけて、草履を履いた足だけを空中に投げだしていた。本当にどこから聴こえてくるのだろう? いつ鳴り始めるのだろう?
目を瞑って笛の音楽が始まるのを待っていると、舟を漕いで眠ってしまいそうになるので、慌ててメーイェは立ち上がって、スカートについた砂を払った。うっかり眠ってしまったら、態勢を崩して三階から落下して、破裂したザクロのように、もう二度と目覚めることなく死んでしまう。メーイェは命を失くしてしまうことが怖かった。
メーイェは花園の中を一人で遠くまで歩き回ることはなかった。いつも誰かが、兎や犬たちが一緒だった。
どこからどこまでが花園?
一人で花園を突き進んでいくとどうなるの?
それがメーイェには禁じられていることのように思えた。天に浮かぶ炎を目指していたときのような、誰かが死んでしまう恐ろしい旅。花園にいれば、おいしい果実がいくらでも食べられる。食べ物や水がなくて苦しむことはない。だから、花園では迷子になってはいけない。一人で方向音痴になって、花園の中心から遠く離れてはいけない。命を失うことになるから。禁じられた旅になってしまう。
八匹の蛇たちは二組に分かれて、アンデの花園の中心から離れた遠くへ行くことがあった。メーイェとルビヤと猫も、一緒にその一行についていったことがあるけれど、さらに四匹の蛇たちが、森の道の分岐点で二組に分かれたときは、ルビヤは「もう日が暮れる。メーイェ、お家に帰ろう。蛇たちは迷子になったりしない。必ず戻ってくるから、大丈夫だから」とメーイェに優しく囁いたのだった。
メーイェは赤と茶褐色の混じったザクロを摘んだ籠を抱えていた。すぐ鼻先までザクロの甘い香りが立ち込めてきて、ずっとこうしていると、自分がザクロから産まれた気持ちになってきた。同じく果実の籠を抱えたルビヤは、浮遊したまま半回転して、進路を変更して前に進んだ。
「おいで。明日はみんなでジャムを作ろう。前に扇椰子の樹液から砂糖を作っただろう?」
枝分かれする蛇の道を逆に辿って、先導するルビヤの後を追って、メーイェと猫は無事にお家まで辿り着いた。
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