「プーは、今どこに？」

「まだ、あなたは神の王を求めているのですか？」

「いえ、そういう意味ではなく。好奇心からです」

「プーは人々を愛していましたが、人々はそのプーを食い潰してしまうでしょう。だから、プーは『意図が保留される領域』で猫と遊んでいます。安心なさい。猫は魚を食べますが、魚占い師であるあなたを食べたりはしませんよ」

「猫？　あの過去に戻れる猫なら、プーを救うこともできたのではないでしょうか？」

「……人は都合の良いことも悪いことも、ひとしなみに受け入れなければならなかったのです。何故あなたは人類に代わって、プーが死んだことをなかったことにしようとするのですか？　結局は自分たちの罪の意識を慰めようとしているだけです。弱い心を守るために。その裏返しで、あなたはプーを助けようと考えています。後悔が自己憐憫に結びついて、美化されてすり替わって、人を神として崇拝するという大罪を生むのですよ。あなたが心の中にジュリアン・サロートを創り上げたように、眠りの使徒よ。例え、猫に頼んで、プーだけを別の場所に移動させて助けたとしても、人の本質は決して変わらないでしょう。プーがいなくなっても、人は新たな神聖なる存在の宿り木になれるよう待つだけです。猫は都合の良い道具ではなく、善悪を超えたルビヤの化身です。猫は始まりの世界に完成形のルビヤの石を戻し、占いの神として占い族の村を創造し、十九年後、今度は呪われた任務を完遂したドラクロワを、神の王の馬車を媒介にして、過去世界に下生させました。ドラクロワは占い族の村の鋳型を回収し、その生涯を石化によって閉じました。占い族の村が初めから存在しない世界の未来では、地下牢の中のブザーのもとで、二つに分かたれた石が結びつき、ルビヤの石の完成形になることが約束されていたのです。二つの世界は交互に無限に輪廻するのです。石が置かれる前は、まるで世界は存在する必要がなかったかのように。それが神の王の死と村の滅亡を無限に繰り返すジュリアン・サロート伝説の真相でもあったのです。これまでにプーは、ドラクロワに五十六億七千万回、殺されました。実に五十六億七千万回中、五十六億七千万回、占い族の村人たちが、神が悪魔を殺す物語を望んだのです。メサティック教徒の総意を代弁するミトレラは、プーを神の王に戴冠させて、罪の清算代行装置として穢れを押し付けて、崇拝の対象にして責任依存しようとしました。だからドラクロワは、人類が待望していた、罪の清算によって争う必要のない、愛の溢れる神聖楽園王国というまやかしを、プーの命もろとも粉々に破壊したのです。愛の溢れる理想郷？　そんなものは世界のどこを探しても見つからないし、いつか待っていれば自動的に到来するものでもありません。あるとしたら、人の心の内面に、まだ見ぬ可能性として眠っています。心の中に理想郷があったなら、もはや何も求めるものなどないのです。

　これからプーは無限回、ドラクロワに殺されるでしょう。人類が様々な意味で結果的に、プーを無限に殺した疚しさから新たに救済されるために、第二のメサティックとして、ジュリアン・サロートと眠りの騎士団の伝説が産み出されたのです。

　例えば、プーの周りにいた人たちが、まったく別のことを考えて、行動していたら、つられるように占い族の総意もまた変化して、異なった命令を占帝元老院に下していたでしょう。

　それまで私たちは、善と悪が必要とされる意味を一切理解できないまま、無限に同じことを繰り返すのです」

「ドラクロワがプーを殺したときの、二人の心の深層を読むことは、私には許可されませんでしたが、その後のドラクロワの内面にある、いくつかの記憶を閲覧する許可は下ろされました。ドラクロワがプーの血で満たされた水槽を槍で破壊したとき、硝子の塔の硝子も『ドラクロワの穴』として破られました。プーという一つの命を殺した埋め合わせをするために、記憶を改変して産まれてきた子が、マリアレスの子でした。右目が石でできたジャッカルは父であるドラクロワを憎んで、妄想の中でラヴディーンと改名されました。成長した息子も父を許すことはできず、拳銃を構えて、どこかに旅立った父に決闘を申し込みました。ラヴディーン。そんな子供は初めから存在しない。ドラクロワが未来に出会うメサエスから、現在に遡って片目のジュリアン・サロートが創られ、さらに過去に遡って片目のジャッカルが創られ、そして妄想の未来に、新たにプーとミトレラを合成したラヴディーンが創られました。ドラクロワが償いをするために勝手に妄想して創った子が、自分を憎んでいると勝手に思い込んでいただけでした。ドラクロワには生殖機能はなく、一緒にプーを連れていった思い出も存在せず、プーとアマリアの間の子バビリッシュも存在せず、他人の記憶に入り込むことができたマージョリーは、プーの子が産まれていると知って、ミィサとジャッカルの子トロイとすり替えたのです。おかしいですよね、何かが。現実と非現実の子を入れ替えることはできないのです。