第94話 アンデの神々の保護圏
ミトレラは何かを二言三言、口にすると異端審問騎士団は馬の手綱を引いて都に帰っていきました。伝説にある眠れる書物のようなことが実際に起きてしまいました。占い族の者は皆、プーを犠牲にしてしまった罪の意識に耐えられるはずもなく、何かにすがりついて、聖別された占帝元老院を呼び出したのです。そして速やかに村人たちの記憶は改変されていきました。悪役としてオゾン大公妃が選ばれ、いくら探しても見つけることのできなかった、存在しない猫のせいにしました。プーは森の中で、たった一人で自殺したことにしました。恐ろしい悪魔の子なんて村にはいなかった。異端審問騎士団なんて知らない。村には偽りの血の雨が降りましたが、プーの死んだ跡の血や色々な感情を洗い流すために私たち自身が願ったのです。私の部屋の中にあった花まで、赤く染まってしまったでしょう。空は一面赤い雲で覆われ、雷光さえも赤く、私はひとり立ち尽くし、手の平を打つ血の雨を眺めていました。そんな記憶など、ないというのに。やがて血が乾いて赤い砂になって、私たちの記憶から風に飛ばされて消えていきました。ドラクロワはプーではなくて、殺されることを必要とする神の王ジュリアン・サロートを殺しに旅立ったことにしました。例え、神を殺したとしても、それが都合良く悪魔が変身した姿なら、罪の意識にはならない。悪魔を殺したことすら恐ろしい、村には初めから悪魔はいなかった。ならプーが殺されたのなら、一体誰が何のために殺したのか、と自分自身を納得させなければなりません。それができないから、プーは自殺以外に考えられなかったのです。悪魔の記憶や、罪悪感は何か別の美しいものに変えられていきました。
『私たちはブザーを救うために、頑張って猫を探したよ。でも見つける前に、プーは自殺してしまった』そんな無力な私たちを、血の池に私たちの顔を浮かび上がせることによって、プーは許したのです。違う。それはプーの想いなどではなく、私たちの想いなのです。私たちは、せめて許されたと思い込もうと自分自身を慰め、偽善の美の中に忘却したのです。心の平安という虚構の欠片を埋めるために、穢れ役として道草占い師が選ばれ、インダに殺させて、連鎖的にマージョリーが無実の罪を被りました。
プーは神として求められたくはなかった。みんなと共に喜び悲しむ、この世の生を、ただのひとりの人間として、人と同じように生きたかっただけでした。虚偽にまみれたあの物語の中でも、プーが村のみんなを愛していたことだけは、本当のことでした。誰にも汚されずに、変わることのない永遠の真実でした。だから私たちはプーの優しさに託けて、嘘の物語を作ることによって、最後の最後までも自己憐憫のために利用してしまった。
そんなプーは何を見て、何を聴いていたのか。何故、ルビヤが悪魔ではない、と触れ回ったのか、そんなことを言い出さなければ、自分を殺すことになる異端審問騎士団を呼び寄せることにもならなかったのに。プーはやはり自分自身の未来は読めないと、村人たちは皆思っていました。同様に村人たちの誰も、占帝元老院の鍵の掛かっているプーの書物を占えません。占帝元老院だけでなく、針刺もまたプーの記憶を、魔界の図書館に封印していました。私は花を百万回咲かせたことにより、誰に許しをもらったのかは分かりませんが、プーの書物の一部を読む許可を与えられました。
人類の総意は真実を求め、覆いを剥がしました。真実の光に打たれたときに、今まで闇に隠れていた自らの醜さが浮き彫りになって耐えられなくなり、発狂した人類の総意の発作によって、もう一度、真実は覆われました。人はうわべだけを変えることは求めるのに、根本的に内側から変革してしまうことには、恐怖の念を抱きます。人は天国には耐えられないのです。太陽が眩しくて見ていられないのと同じように。人の前で天国の扉が開いたことは、ただの一度もありません。人が天国に入ったら、宇宙は侵犯されて崩壊してしまうでしょう。私たちの星に意識があったとして、この星が大切に思っている生命の中に、人が含まれてなかったとしたら?
記憶喪失になった人類の総意が隠したかった秘密・アルカナの一つ。七つの大罪を超えた人類が隠したがっていた九つの大罪。その八つ目の大罪は、『責任転嫁』です。
『アンデの花園に住まう原初の子メアイとメーイェは、ルビヤを初めとした天使たちに神の子と神の娘になるように育てられ、性の結びを二十歳の聖婚式を迎えるまで固く禁じられていたが、十四の頃に花園の掟を破って霊的に堕落した。メアイとメーイェは、何故私たちが堕落しないようにしっかりと管理しなかった、とその当人たちの堕落の責任を天使ルビヤになすりつけ、アンデの花園を抜け出して、アンデの神々の保護圏から離れていった。太陽海の天使の総代アンデは、神の光の届かない世界に落ちたメアイたちを導くように、とルビヤとアンデの特使リオンに、神の眼となるように命じた。天使たちはメアイの末裔を追って地獄に堕天した。ルビヤには父天使アンデとの永遠の別れのように思えた。それから、いつのまにか天使ルビヤは人類によって、人類始祖に性的な誘惑をした悪魔にされ、何万年もの間、魂の寄り合いの書に夜這いのムカデと記述された。そのような嘘が暴かれることもなく、密やかに護られ続けた』
それがプーが天使ルビヤから授かった体験でした。
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