第93話 私はあなたの毒消しになろう

『血を流し尽して息絶えるのが先か、自分の血に溺れて窒息するのが先でしょうか? 

 本当のことを話しなさい、プー。あなたは何者ですか? あなたが悪魔は悪魔ではないと悪魔を擁護して、悪魔の子を名乗るなら、処刑は続行です。例え、あなたが何も名乗らなくて、または『死から逃れたいばかりに嘘を告白した』、と私たちが思い込み、判断を見誤って、私たちが本物の神を殺したとしても、あなたは神の前段階にある神の王を名乗る悪魔なのだから、私たちは罪の意識を感じずに済みます。救済者を殺してしまうという過ちは決して犯さないと、私たちは救済者御自身により約束されていますので。私たちの選択には間違いはないのです。信仰預言書にそのように書かれていますから。救済者か悪魔の子か、それとも神の王でしょうか?』

 逆上したドラクロワは柵を飛び越えて、騎士たちに押さえつけられながらも、言い放ちました。

『プーが神だの悪魔だのと、そういうお前は誰が裁くのだ? プーはプーの人生を送っているだけだ。そんなことはお前には関係のないことだろう』

『メサティックの聖証を頂き、高級信徒でもあり、さらに神から異端審問官という栄誉ある役職を頂いた私が、何故、裁かれる必要があるのでしょうか? よろしいでしょうか。オゾンの救済者は、その聖なる血肉によって民たちの罪を清めるのだといいます。オゾン預言書の救済の夢見録にも、ちゃんと書いてありますよ。【夢の中のメサティックはこう語った。私の血肉を飲む者には、聖なる傷跡の住人になることを約束しよう。私の体は世界樹の王国になるだろう。あなた方は傷から生えた宿り木であり、私の栄養によって永遠に命の歌を聴くだろう。私はあなたの毒消しになろう。すべての罪を消すだろう。私の新しい体の一部と使い古されたあなたの体の一部を交換しよう】

 プーが本当に救済者なら、赦しの教会に連れて帰って、一日中、管理下に置いてじっくりと調べる必要があります。この先、神の約束通り、神の王として何千年も血を流し続けることが可能かどうか、オゾン救済者に値する者かどうかを厳しく調べるのです。神の王の血に、無記憶の初罪を消滅させる効果はあるのか、病や怪我を癒せるのか、科学的に調べ上げるのです。神の王の腎臓や目を取り除いて、神の奇跡によって再生してくるかどうか実験するのです。もし病で蝕まれたり、事故で破損した身体の一部を、神の聖愛体の御業によって無尽蔵に補完できるのなら、これこそ約束された不老不死の神聖楽園王国の到来です。顔を失った恋人の顔も、手足を失った同僚たちも治せるかもしれない。それがオゾンの民が待ち望んできたことですから』

 プーの意識は朦朧としていました。水槽の中の血は、プーの口元まで達しました。

『人間の体からこれ程の量の血液が流れるはずがありません。単なる革命家の類ではないことが証明されました。ですが悪魔なら自らの血で溺れ死にますが、神ならば溺れ死ぬことはありません。それとも神ならば、奇跡で血の雨を降らせますか? でも空のどこにも赤い雨雲がやってくる気配はありませんよ』ミトレラは踊るように空に向かって手を広げました。

 村人の多くは、『プーが神の子なら奇跡でも何でも起こして、自分で何とかするだろう。それができないなら、やはり悪魔だろう』と思っていました。責任を取らないことが村人の総意でした。

 ドラクロワは騎士の制止を振り払って、赤い光を乱反射させる硝子の牛を載せた水槽の前に駆け出しました。プーは目元まで血に沈んで、残された白い毛髪が血の赤と対照的でした。

 もう誰にもお前を。もう誰にもお前の手首から血を流させはしない。お前は占い族の屑どもにも、羊の皮を被った吸血鬼どもにも縛り続けられるべきではない。お前は誰にも利用されずに、一人でどこかに行け。

 ドラクロワは階段を踏みしめて登り、手にした槍で、血の水槽を突き破りました。硝子が破裂すると同時に夥しい量の血が、丘の斜面を流れていきました。血の洪水でした。自らの血の責め苦から解放されたプーの姿が現れました。

『お前を神の王にはさせぬ。さよならだ』血を浴びて真っ赤に染まったドラクロワは簡潔に言いました。その声をプーが聞き取っていたのかは分かりません。焦点を失ったプーの両目は赤く染まっていました。【私を殺していいのはドラクロワだけだ】力を込めてドラクロワが槍でプーの心臓を一突きすると、プーは血を吐き出しました。針の拘束を解かれて抱えられたプーは、ドラクロワの腕の中で息を引き取りました。その間も割れた水槽の残骸から台を伝わって血が流れ出していました。水槽が破壊されたことによって、血を滴らせる硝子の牛は、やがて均衡を失って、ゆっくりと地面に落ちて粉々になりました。

『悪魔の子プーは死んだ。占い族族長の責務として、俺が悪魔ルビヤを討った』

 ドラクロワはプーを地面に横たえました。プーの死体から目を背けて、少し離れたところで両膝を地面につけて座り込んでしまいました。目からは僅かばかりの涙がひとすじ垂れて、石の体が示すとおり、その心までも石になったように硬く心を閉ざしました。

 あたかも血から産まれたかのような痛々しい姿のプーのもとに、柵を飛び越えてブンボローゾヴィッチとマージョリーが駆け寄り、遅れて私とインダも後に続きました。名前は失念してしまいましたが、四人の女占い師たちは、柵の外の一番近くで震えていました。マージョリーは、跪いて機能を停止したドラクロワを睨むと、憎々し気に『人殺し』と言い放ち、血まみれのプーを見て泣き崩れました。同じように私たちは泣くことしかできませんでした。泣き声の中で、インダだけは涙も見せずに、血が溢れ出すプーの胸の中に、素早くムカデを忍ばせて蘇生の呪術を行いましたが、骨の中の心臓は破られていて既に手遅れでした。そのときになってようやくインダは、声をあげて涙を流しました。

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