第90話 我々には何一つ残らなかった
我々はプーが帰ってこないことを祈った。ドラクロワとプーを天秤にかけると、占い族の総意はドラクロワを載せたほうに傾いた。石でできた者のほうが重いに決まっている。神の子を殺すという大罪は、人の子である我々には耐えられなかった。だが、聖なる石の子なら? 我々の祈りは空しく、プーは村に帰ってきた。我々の占いの罠は的中し、プーはすべての尖った石を踏んで、足は傷だらけだった。ムカデの毒にやられたのか、親指はあらぬ方向に反り返っていた。蟻は皮膚の中に入り込んで死んでいた。もはやプーには、自分を守る占いの力も残されていなかった。
我々はプーの足首に、誰もが見える幻を施す必要があった。ベーテの神経質なほど小刻みの索敵に警戒しながら、もはや自分が何者なのか分からないくらい忘却の催眠術を更新しながら、その隙間に『プーに幻をかける』という自己催眠をかけて、条件付きでその催眠を素早く封印した。我々は善良な村人の一人として怪我を治療すると称し、プーの足首の傷口を見た。封じられた催眠が起動する条件は『傷口に触れている間』だった。我々は傷口に触れると、一瞬を狙って素早く、足枷と鎖の付いた心臓の形をした爆弾をプーの足首に取りつけた。傷口から手を離した。我々は『プーに幻をかけた』という記憶を失い、プーの足首に爆弾が仕掛けられていることに気付いて驚いた。これは演技ではなく、自分の幻術だとは知らないから本当に驚いた。皆も驚愕している中で、我々はしばらく占帝元老院であることを忘れ、匿名の村人の中に溶け込んでいった。プーやベーテにインダにマイユ、その他大勢の占い師を出し抜いた。プーの足枷をした足首からは血が流れていたが、本物のプーの血だった。そのために蟻やムカデなどにプーの踝を噛ませた。誰に占われても問題ないように、まぼろしには『一年以内に爆発する』という嘘を纏わせていた。プーが死ぬまで、我々も含めて村の全員が本人のプーですら、それを魔法がかけられた爆弾だと思い込んでいた。我々もそのときは、プーの不遇に本心で泣いていたように思う。まぼろしの爆弾には『二度と取れない』と嘘の注意書きが記載されてあって、嘘なのに本当に取れなかった」
「ドラクロワには心の釣り合いが必要だった。自分がプーを殺した事実を捻じ曲げることを頑なに拒否した。ドラクロワは心まで石であるかのように閉ざしてしまっていた。こんな腐敗した村は出ていく、とまで言い出した。我々は眠りの騎士団の伝説を持ち出し、ドラクロワが神の王ジュリアン・サロートを殺したことで物語の帳尻を合わせ、半ば強制的に合意させた。我々は揃って指を鳴らして、嘘つき占い師ウラギョルに幻術をかけて、我々の占いを読ませてやった。ウラギョルは幻術に操られながらも、震えながら手を差し出した。我々は察して、その手に金貨を置いてやった。こいつは見返りを求める。ウラギョルには我々が傷だらけの悪魔にでも見えただろう。本当に幻術にかかっているのかとも訝ったが、彼にドラクロワを託した。それに嘘つき占い師を配置することで、嘘つき占い師だけが嘘をつくという虚構の規則で、我々のまやかしは公的に守られることになった。我々にはまとまった金が必要だった。金貨占い師マイユとトランプ賭け事をした。マイユのほうが金貨に愛されていたが、占いに愛されたのは我々のほうだった。マイユは財布を逆さにして振っていた。資金をもとにして騎士の格好をした人形を十二体用意し、傭兵として雇った盗賊団『黒猫の舌』に襲わせた。我々は占い族以外の者の記憶を操ることはできないからだ。神の王の馬車は我々が乗っていた幌馬車を利用した。盗賊団のあらくれ者どもは、楽しそうに街道で人形を破壊しただけだった。黒い布を被ったフィガロに神の王の世話をしていると見せかけて、羊の血の入った神の王の人形を大きめの腹話術のように操らせた。御者はウラギョルで、ドラクロワに殺されそうになったら、御者の人形と交換させた。ドラクロワにフィガロが操る神の王の人形を殺させた。我々が揃って指を鳴らすと、辺りは血の海になって、フィガロと盗賊団と十二人で構成された眠りの騎士団と神の王は死体になった。ドラクロワの神の子プー殺しの記憶は、神の王ジュリアン・サロート殺しにすり替えられて、ドラクロワの記憶は統合された。催眠術や幻術だけでは、弟のようなプーを殺した記憶の改竄は無理だろう。非常に手間と時間はかかったが、ドラクロワの潜在意識に鮮烈な光景を残す必要があった。そして悪魔を殺す物語なら我々には問題はなかったが、また同時に、我々には何一つ残らなかった。これで話は終わりだ。その後、ドラクロワがどうなったかは知らない。魚占い師、君のほうが詳しいだろう」
「おいおい。全然、納得できないぞ。肝心のプーを殺したドラクロワのことを避けて話をしてきただろう。お前らのプーへの殺意は異常だ。プーが何をしたと言うのだ。他に疑問に思ったのが、プーが神の子で都合が悪いのなら、何故、神の子なんて広告を作った? お前らは本当のことを話しているのか? まだ何か隠しているだろう?」
「その話の顛末は私がしましょう」どこからか女の声がした。
「私は花占い師のネビア」
ふいに黒い髪に赤い薔薇を刺した女が現れた。占帝元老院は揃って指を鳴らすこともなく、ひざまずいて指を組んで揃って祈りを捧げ、やがて闇の中に溶けるように消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます