第89話 果たされることのない怨念として

「プーは血の神ルビヤの水槽と契約していたから、無限に流血占いをしても中々死ななかった。やがてプーは村に義理の父親のブザーがいないことに気付いた。メギドの子プーは、ブザーが本当の父親ではないことを知らなかった」

「当然だ。親の愛情を受けて育った子が、そのような占いをするわけがない」

「プーは生まれて初めて、我々が捏造した悪魔ルビヤとの禁を破り、自分の意志で流血占いを行った。ブザーの行方を追うためにね。流石、天才占い師。すぐに大公邸にブザーが幽閉されていることに気付いたよ。それ以降、プーが破滅へと向かっていったのは、悪魔との禁を破ったことによる罰を極度に恐れて、自分で自分を裁いてしまったのだろう。我々は親切にも利他の精神でプーを馬車に乗せて、オーゾレムに向かった。道中、プーは更に、腕を何度も切っていた。何をしていると訊いたら、大公邸のいたる処に隠されている爆弾の位置を調べていたよ。それを大公邸の間取り図に血を振りまいて書き込んでいた。我々はプーを大公邸まで送ると、屋敷の中は土足禁止だよ、と適当なことを言って、プーの靴を脱がせて預かった。外で待っている、と約束しながら、その約束を守らずに、馬車を走らせて、村に引き返した。街道沿いに、靴を投げ捨てて。そのために、プーは生きて大公邸を生還できたとしても、村まで一人で裸足で歩いて帰らなければならなかった。足の裏から血を流させて、少しでもプーから血を奪うために。プーの心を折るために。

 我々は馬車を駆って帰る道中、身を乗り出して馬車の座席から布を取り払い、背後のオーゾレムの南門のほうを片目を瞑って手をかざして占い、箱の中にある尖った石をいくつか手に取って何度も道に投げ捨てた。プーが歩く場所を占いで読んで、プーに踏ませて怪我をさせるために。箱の中には、尖った石の他に、壺の欠片や、凶暴な蟻や、毒を塗った卵の殻や、棘の付いた枝先や、硝子の破片に裁縫針、ヒトクイムシやムカデなど踏んだら厄介な物が混ざっていた。プーのことは誰にも占えないが、我々には少し先のことまでは読めた。もしプーが村に戻ってきたら、一言、用事を思い出して帰ってしまった、靴は落としてしまったと謝ればいい、プーに新しい靴を買って詫びれば、プーの我々への恨みは相殺される。プーの記憶から我々の印象を薄めて中和させるために。プーの正当な怨念は、会計上では帳消しにされてしまうため、プーが独りで辛い想いをして歩いてきた、という事実は、ただの意味のない物理現象になって、果たされることのない怨念として行き場を失い、やがてプーの心を蝕んでいくことになる。ただ、それだけのために、我々はプーを虐げた。

 我々、占帝元老院は、神の子で孤高の天才占い師プーからも、その存在が知られていないという矜持があった。常に誰かから占われていると意識し、心の中も普通の村人らしい当たり障りのない感情を維持し、工作行動も自然に見えるように鍛錬した。日々、占いの神に奉仕し、明るく善良な人間として生きてきた。そうでなければ、未来や過去や人の内面や並行世界を読める占い師の集まりを、裏側からまとめて支配することなど到底、不可能だろう。プーに対しては、特別な感情を持ってはいないよ。そのときの占い族の村人の最も多く支持された感情が、我々の感情と定義するところのものとなった。決して主体性がないわけではなく、意図的にそうなるように調整している。

 我々にとって脅威だった占い師を一人あげると、人形工房のベーテ・スキャーネルになる。彼は定期的に村人全員を占いにかける。自分で制作した人形を微に入り細にわたって調整するように、何か異物が混じっていないか村人を検査しているんだ。我々は指一本の三つの指骨の表と裏で六人、両手の指を合わせると同時に六十人まで占える。これをファランクス(大盾と槍の密集陣形)と呼んでいる。ベーテは村人と対応している人形の数だけ占える。我々は五人いれば三百人だから我々のほうが圧倒的に見えるが、人口の少ない村に限定した場合は、ベーテとの力量は互角と言っていいだろう。我々は、『占帝元老院ではなく、催眠術をかけてもいない』という催眠術を自分自身にかけた。その間は、占帝元老院に関する一切の記憶を失っていた。暗示の効きめが解けて記憶を取り戻したとき、占われた感覚など何も異常がなければ、もう一度、催眠術を繰り返して、ベーテの索敵から逃れていた。あるとき、天啓のように占い族の総意に聖別され、普段は聖別を解除されて平均的な村人の顔に戻る。もう一つ、我々は占い師に対しての防衛は万全だが、ムカデなど占い師以外の存在には人並み以下に弱かった。


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