第87話 少女のささやかな記憶

「何で、貴様。そんなことができるんだ! 人の命の営みを……何だと思っている!」

「初めに明言した通り、我々は占帝元老院という一部の高級占い師の集まりに過ぎない。占い族の全体的な意識を汲んで、その願いや欲望を叶えている。占い族の総意の手助けをしているだけだ。少数派の意見は無視するが、プーの、お母さんに会いたいという思いは、あまりにも大きく、プーの悲しい感情に触れて我々は涙を流した。我々は無視できず、また占い族の動向に大きな影響を与えることはないと判断し、プーの願いを叶えてやった。我々は占い族のしもべだよ。まあでも、我々はすでに、村に侵入してきたムカデの毒牙にかかってはいたがね」

「ムカデのせいにするな!」

「我々がエリーを永遠に、森のまぼろしの中に誘拐する前に、村の掟に禁足事項を設けた。『死んだ人間を占ってはならない』その上で、エリーの血の付いた服の一部をブザーに見せて、泣き崩れるブザーの体を支えて慰めた。

『おそらく、ジャッカルに噛み殺されたのだろう。お前がやることは、残されたお前とプーが幸せになることだろう?』

 多くの人間が、ブンボローゾヴィッチもザナトリアもそのように慰めた。だからドラクロワはジャッカルに立ち向かって、たった一人で復讐する方法を学び、自分にとっても母親代わりだった亡きエリーのために、そのかけがえのない少年期を捧げたのだろう」


「誰が……プーは、誰が殺したんだ……?」

「『プーが悪魔を率いて村から出て、森に入っていくのを見たことがあるぞ!』と我々とプーの秘密の夜のどれかを証言する者が現れた」

「あれはお前らのせいじゃないか!」と私は叫んだ。

「我々には危険を冒してまで、プーと母親を会わせる必要性は、何一つなかったんだよ。プーに対する同情から、その願いを叶えてあげただけだよ。夜の悪魔を警戒させるために、村人全員分の獅子の魔除けを作り、各家に配ったりもした。だが、誰かが悪魔に連れられるプーを目にして、プーが悪魔ルビヤの化身だという偽りの事実が決定的になった」


「我々はムカデに包囲され、思考する脳を呑まれていた。ドラクロワとプーの間には、善悪が存在することもなく兄弟のように育っていったが、占い族の集合意識、占い族の過半数の意識。つまりは占いの神はプーを受容しなかった。占い族の多数派の意識の集合体が神で、少数派の意識の集合体が悪魔とされた。大占祭が始まった。大占祭の猫探し競争の順位には格別の注意を払った。全体的な占いを見渡して、我々が上位にならず、かといって下位にもならない、あまり目立たずに、かつそれなりの自尊心も得られる順位になるように、右手で全員の占いの結果を占って順位を一秒単位で精査し、同時に左手で肝心の猫の行方も占った。右手と左手が交差する絶妙な瞬間で猫を捕らえた。特別賞が欲しいくらいだよ。プーはどんな占い師よりも速く白い猫を見つけてきて、頭の上に乗せて走ってきた。占い族の集合意識が僭称する大仰で高圧的な占いの神は、所詮、欺瞞に満ちた神のまがい物で、花びらが飛ぶような、さわやかな真実の占いの神は、いつもプーに微笑んでいた。

 我々はドラクロワに占いに見立てた殺しの練習をさせた。占い族の総意から、『プーを殺し、その事実を歪めよ』という命令が下った。我々は占い族の村の記憶の改竄を行った。

『毎年、行われている大占祭の猫探し競争』、『猫男シャザー・トゥリーに扮装したブザーが出し物で披露した笛吹き占い』、『白い髪のプーがあの世の母を探し出すために練習していた、歩数を数えて最後にハート型の印の中に戻る踊り』『並行世界のエリーの子アヴェル』『メギド大公の隠し子プー』という五つの物語を組み合わせて、『額にハート型の模様がある白い猫のアヴェルが、二足歩行を始めて踊り出し、大公妃の跡取りになるかどうか占おうとしたら消えてしまったので、その猫を占い族のみんなで探す』という、どこにも存在しない物語を創作した。毎晩の夢を創る守護者のように。占い族の村に薄く覆い被された亡霊のような物語だった。手間暇をかけて、占い族の村人全員の記憶の改竄をしたが、個々の魂の性質によって催眠術がかかりにくい者もいた。

『俺たち、前もこんなことしてなかったかなぁ?』

 猫の物語は全くの架空の出来事ではなくて、積まれた記憶の書庫から適当に見繕って合成しただけなので、記憶の感覚に混乱が生じる者もいた。我々は通りすがりに、村人の背後から謎謎を問いかけて、村人が考えている一瞬に、心の隙に入り込んで、記憶の管理権を支配した。

『鶏と卵はどっちが先にこの世に誕生したの?』この謎謎は、脳の海馬体の鍵を手に入れて管理権が占帝元老院に譲渡された後に、溶けてなくなるはずの記憶だったのに、一人の占い娘は気に入ったのか、いつまでも覚えていた。我々にも村で生きた証が欲しかった。微笑ましいことだったので、少女のささやかな記憶は奪わないでおくことにした。

 あるときは、広場で道化師の格好をして、色彩に富んだ球をジャグリングした。それを眺める村人の記憶の鍵が、ジャグリングの球が描く軌跡の中にいくつも混じっていった。

 ブンボローゾヴィッチの記憶には特に念入りに書き換えた。プーが実の子であることも忘れさせ、自分がメギド大公であったことも忘れさせた。心が虚ろだったから、簡単に記憶を操ることができた。まるで記憶自体が消されるのを待っていたかのようにね」


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