第85話 気持ちの悪い者たちの人形
可哀想なプーのために、たまには母親に会わせることにした。プーの毛布の中に、ジャッカルの頭骨を忍ばせた。それが合図だった。プーは言いつけ通りに、村の皆が寝静まった頃、目隠しをして村の外に出てきた。
『悪魔ルビヤの使いの僕たちが、君を死者の世界にいる優しかったお母さんに会わせに迎えに来たよ。悪魔の姿は恐ろしいから、必ず目隠しをしてね。さもないと、足元が崩れて地獄に真っ逆さま。ドラクロワと遊べなくなっちゃうよ』外で待っていた牛の仮面を被った我々は、目隠しをしたプーを連れ出して、森の奥へ手をひいて歩かせた。勇気付けるために励まして、愛情深く、優しく。またプーに自分自身のために流血占いをしないように悪魔の声で脅かした。我々の正体を探れないようにするためだった。我々はプーに占われたい客を紹介して手数料を得ていた。プーの占いの代償である血によって得られた報酬の一部を。
『自分の体を傷つけて玩具にしたら駄目だよ。報いを受けると、魂まで玩具になって死んじゃうよ』と優しい悪魔を演じ、体を心配するふりをしてプーを洗脳した。悪魔ルビヤを偽装した我々との約束を、幼かったプーは健気に守った。もしプーの連れ去りが誰かに目撃されたとしても、悪魔ルビヤに責任を転嫁することができた。目隠しをしたプーが歩数を記憶できないように、遠回りしたり戻ったりした。森の中ほどに聳え立つ岩壁の麓にある、幻術が施されていて人には見えない隠し通路を通って、険しく危険な岩場を登らせた。そして山肌を利用した牢の扉を開け、老婆へと姿を変えたエリーとプーを会わせた。半年間に一回だけ。エリーは急いで傷だらけのプーの両腕を擦った。我々は松明を持ったまま、二人の様子を眺めていた。
『神から頂いた自分の体を傷つけるような真似をしては駄目』エリーはプーの目を見て、衣服の切れ端でプーの腕の傷口を巻いた。
『でも母様。僕の手から血が流れると、みんなが喜ぶんだ。みんなの喜ぶ顔が見たい。人は、人が喜ぶのを見るために生まれたと父様も』
エリーは顔を左右に振った。
『腕の傷は痛いでしょう?』
『痛い』
『よく聞いて、プー。あなたが痛いと思うことは、あなたを通して神も痛いと思っているの。それはとても悲しいこと。この痛みを忘れないで。痛みに慣れようとはしないで。傷の痛みを忘れたら、あなたは人間ではなくなって、気持ちの悪い者たちの人形にされてしまう。例え、神であろうと、あなたに何かを強制することはできない』
親子らしい会話は、我々の都合の良いようにすべて改竄した。我々は揃って指を鳴らして、ジャッカルの姿に変化して、ジャッカルの群れの中に紛れていた。あの小屋の周りにもいたんだよ。唸り声をあげながらね。エリーの行動、渡した物、会話などの逐一を紙に書き込み、文章の裏の意味がないか熟考し、あらゆる暗号解読法を用いて念入りに確認した。
『少しでも我々に逆らう素振りをしたら、この僥倖は二度と得られないと思え』と、我々は前もって厳しくエリーに警告していた。怯えたエリーは自分が助かる方法を考えて、言葉を選んでプーと話そうと思っていたが、思い直して、今のプーが苦しむことのなくなる言葉を、『先のことなんて読めなくてもいい、何も占わなくてもいい、自分の好きなことをやって生きていって』今のプーが生きていける言葉を選んで、いつ最後になるかもしれない会話をプーとしていた。
我々はエリーの言葉の数々に少なからず感銘を受けて、手帳に記したインクの文字を涙で滲ませた。占い師にとって占いは存在理由に等しい。それをいらないとは。我々は『エリーを解放しよう』と逡巡したが、そのときだけでやがて忘れた。我々はプーなしでは生きてはいけないのだ。それが人だから。ムカデに噛まれて堕落したから」
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