第83話 魂の赦しの祭典

 私が洞窟で初めに目覚めてから、二十年が経過した。その間、同じ内容を映し出す占いを書物のように繰り返し読んだ。書物という言葉も自らの占いから学んだ。私には占い以外に、快楽を許されてはいなかった。

 ある日、全く予期しないことが起こった。人と出会えないはずの私に、何者かが語りかけてきたのだ。黒いフードを被った何者かは、占い族の村人の集合意識、それも上層に位置する複数名の高位占い師による意識体、占帝元老院を名乗った。

「我々のことを匿名にするなら、占い族の隠された秘密を教える」

 人と出会うことのできない体が、今にも朽ち果てないか、気が気ではならなかった。私は承諾した。私には新しい物語が必要だったのだ。

 そして、占帝元老院による長い話が始まった。


「我々は魚占い師である君の視覚に入らないように、巧妙に村の中を移動して生活していた。だから君の占いでは我々の存在を読めなかった。また君をこの村に招聘しなくてはならなかったときに、人と会うときに、その三日前に死ぬ呪いをかけたのも我々だ。悪いことをしたね。

 どこから話そう? 村が始まった日から話そうか。初めに石を拾った男、砂時計占い師ブンボローゾヴィッチとして、占い族をまとめてきた族長代理の正体は、牛頭大公メギド・オゾンだ。

 メギドは爆弾を永遠に作り続けねばならないことに疲れていた。人が血を流せば、その分だけ血を流した者の罪が許される。多くの人が戦争によって死ねば、多くの魂の赦しの祭典になる。それが何万年も前から、五体の高次元王族による秘密会議『針刺ハリザシ』で計画されていた、終わることのない巨大な戦争~滅びの意志~だった。

 虚偽の天界と針帷子ハリカタビラ世界(地上)を統治する針刺は、四体の人類始祖の神聖家族と、彼らが宇宙創造の神と崇める陰陽一体のルビヤによって構成されていた。彼らは霊的下位組織である針帷子、具象的には神秘機関を通して五つの国を水面下から支配した。針刺はこの星の神を僭称することで、宇宙本源から霊的に断絶されて、その宇宙本源の愛を直接受け取ることができない霊体になった。だから、まっとうに生きている地上の人々に、針帷子を憑依させて、血の光を搾取せざるを得なくなった。それぞれの国で針帷子は、ピラミッド状の構造組織を大小いくつも形成し、ひたすら国民の血の光を搾取して、虚偽天界へ上納し続ける。国外はおろか国内でさえも横の繋がりはなく、決して調和したりはしない。強者は絶えず分裂を志向し、自分を最上位に置くことが針帷子の存在理由だ。よって分裂を繰り返す霊的存在が、針帷子と判定される。例えば、一つの伝統宗教に針帷子が入り込むと、千年も経てば百以上の教団に分派する。人類の誰もが針帷子を着ているから、その影響下にない者は存在しない。針帷子は例えるなら寂静学的秘密結社で伝えられる、遺伝子の穢れがそうだ。始祖神教神学的に云えば、初罪の働きに該当する。特に針帷子の密度が濃い部隊が、ある組織に侵入すれば、その組織に元からいた者たちは、自らの針帷子を刺激されて、針を通して穢れを注入されて堕落していく。そして針帷子同士の争いによって、より大きな闘争が準備される。以上が、簡単な針帷子に関する説明だ。

 魔女の共同体ハーリカ=タビラとは何の関係もない。針帷子に血を搾取される人民の怨念を効率よく忌避するために、『夢の聖母姉妹』を魔法結社ハーリカ=タビラに仕立て上げた。さらに夢の聖母姉妹そのものにも、恐ろしい印象を加え、霊感のある者に読ませた。むしろ彼女たちほど、針帷子の影響から逃れ続けている存在はない。夢の聖母姉妹は、硝子の塔で娼婦として客の服を脱がせて、針帷子の魔術を解く施術をしていた。これを良いと思う針帷子はいない。悪い魔女の秘密結社が暗躍しているように見せかけて、人々の憎悪を強制的に引き受けさせたんだ。陰謀論とは、誰かにとって都合の悪い存在を、都合の良い方法で抹殺するための方程式であり、無責任な作り話だからな。実在しないハーリカ=タビラを隠れ蓑にして、名前すら知られていない魔法結社を根城にして、針帷子の騎士は、社交界を通じて各国の神秘機関に侵犯していった。神秘機関自体は、まっとうな神霊によるものだったが、針帷子はどこからでも入ってくるんだ。死んでも、入ってくる。その国家の霊的中枢を解体して、象徴を制圧した騎士たちは、針帷子上層部の針刺ではない。無論、因果律の取引所である名もなき魔法結社にも、針刺の姿はない。オゾン大公国を担当する針刺の一人は、この国の大公妃メーイェだった。大公妃は硝子の塔のストーカー家を気に食わないと思っていただろう?

 次は不老不死で爆弾を愛する大公妃の話をしよう。厳密には大公妃のメーイェは、針刺の一人である始祖神メーイェが受肉した姿ではなく、最高位のルビヤの陰体が接収した生贄だった。オゾン創世神話は、プレアデスの闘牛士の生き残りが、歴史書の山が雪崩を起こすように、人類始祖の神話を新たな大地に模倣したものだからな。ルビヤの陰体は、何番目かの現文明のメアイがオゾン国と始祖神を勝手に作ることを予知していた。そのお目付け役として、シリウス諸島のアミラ・ベルニエの肉体が、魂の再生の供儀としてルビヤの陰体に選ばれた。一つ前の文明が滅亡する前から、未来に現れる文明を滅亡させることを計画していたんだ。そして四千年後を目前にして近代大公家は、すべての魂の赦しである滅びの意志の計画を最終段階に移すべく、新しい戦争の道具『爆弾』、破壊の創造に取り掛かった。


 話を大公妃から、その夫である大公占い師ブンボローゾヴィッチであり、メギド・オゾン族長代理に戻そう。メギドは苦悩していた。一人の人間が苦しめば、その分だけ、苦しんだ者の罪は赦される。だから戦争を起こせば、それだけで魂の赦しの祭典になる。オゾンの始祖神や過去の大公霊のお告げは本当だろうか? 奥の院に端坐する牛頭巫女を信じてもよいのだろうか? 戦争を起こした者の罪は、救済者メサティック・オゾンによって浄化される? 意味もなく殺された者の恨みはどこへ行くのか? 神殿の深きに地獄の蓋の下に、災厄として鎮魂されるのか? それでは罪とは一体何なのか? 戦争の爆撃で多くの人間を殺したことで罪は増える。魂の赦しにはならない。罪は消えるどころか、黒煙のように増え続ける。そのような罪の清算の仕方は根本的に間違っている。メギドは逃げた。不可思議なことに大公がいなくとも、大公国は自動的に爆弾を製造し、各国に輸出し続けた。例え、人類が滅亡しても、誰もいないのに戦争は終わらないのかもしれない。そのことに大公が気付いたときには、オゾン大公国の鉄の扉は閉ざされていた。もう元には戻れなかった。罪滅ぼしをしたかった。血を流すとは別の形で、子を愛するような、別の形で。その想いを聞き取って占いの神が、占い師たちを導いたのだろう。神聖なる神の石のもとに、占い族が出来上がった。悪魔ルビヤを頂点とする針刺は、占いの神の経綸を見抜いた。それを妨害し、すべてを食らい尽くすために、村に向かってムカデたちを出奔させた。短期間のうちに村が出来上がったカラクリは、大公が国の金庫からまとまった金を引き出したからだ。大公は財産を貸し付けることもなく、村人に無償で分配した」

「待て」

 そこで私は占帝元老院の話を止めた。

「何で、急にムカデが出てくるんだ? 針帷子に向かわせればいいだろう?」

「また後で分かる話だよ……」

 占帝元老院は両手を広げて、おどけた素振りをした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る