第82話 何者でもなくなった者の残滓

 私はあの方が眠っていない揺篭を揺らしている。

 ここは名付けようのない場所で、神でさえも辿り着けない個人的な聖域なのだろうか。本当は私独りで完結した世界だった。私は結局、あの方のお顔は知らなかったけれど、ドラクロワを通して見たあの方のお顔を、何者でもなくなった者の残滓として見ている。

 あの方のお顔の前には、必ずドラクロワが現れる運命なのだろうか。

 ドラクロワの正体は一体何なのだろうか?

 神の王に愛されたために、爆発を思い留まった爆弾?

 ムカデの侵略から世界を救った爆弾?

 ウラギョルのいいなりになった悪魔に仕えた爆弾?

 神の王が現れたことを告げ知らせるための預言者の爆弾?

 子どもを産めない大公妃に愛されて、生まれ変わった爆弾?

 何かを破壊するためにあるのではなく、占い族の村を創造するための爆弾?

 ブザーとエリーを逢着させ、プーを誕生させるための爆弾?

 滅びの石。

 創造の石。


 プー。おならの音から産まれたプー。本当の名前は何だったのだろう?

 ブザーは川で釣りをしているときに、私の名前を呼んだ。

 ブザーは、魚占い師の私が占っていることを知っていたのだろうか。

 プーのことは私にも分からない。ブザーはプーが何であったか知っているだろう。父親だけの特権だ。母親のエリーもそうだ。だから私の病が道草占い師を経由して、エリーの中で発病しても死ぬことを受け入れたのだ。父親と母親だけが知っている何かのために。

 本当の名前は何だったのだろう?

 ブザーはアレフオに助けられた後に、アレフオをプーのように可愛がった。アレフオは、ベーテが作った眠りの騎士団を率いていた。アレフオも本当の名前は何だったのだろう?


 少年時代のドラクロワはプーを引きつれ、私の前に立っている。プーは左手の手首に布を巻いている。またプーの流血占いに頼ったのかな?

 ブンボローゾヴィッチに禁じられていたことも、すでに知っている。この北の洞窟にあることがよく分かったね。プーのお手柄というわけだね。

 そんなにこの「槍」を取り戻したかったのか。持っていきなさい。これがなければ、何も占えないのだろう?

 ドラクロワ。至高の占い師プーによって読まれた黙示録。

 プーは私の死体の血溜まりから、これを読むことができるだろうか? 

 私の残した占いを。


 三日後、道草占い師がここに占いを携えてやってくるだろう。


「東の方角に旅をして、体が石によってできた赤子を拾ったら、その土地に村を作り、赤子にドラクロワという名をつけて一族の長となるように育てよ」


 彼がその占いに辿り着いたのは奇跡に近い。自分の占いが果たして本当に正しいのかどうか私に占ってもらいにくるつもりなのだろう。無理もない。彼の占いが当たったことは、過去はおろか、これからも当たることはないのだから。

 当たっているよ、道草占い師。道草なんか食わずにまっすぐに行けばいいだろうに。

 占い族の村ができたら行ってみたいものだ。三日で辿り着ける場所にあるから、無理というものか。私は誰かがやって来るのをいつまでも待っている。

 やがて世界が占いに追いつき始めた。私が読んだ占いが、ようやく世界に反映されたのだ。

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