第80話 時空の彼方であらかじめ硬く結ばれたものを
この横穴は、それ自体が巨大な楽器になっていて、もう一つの世界で笛の音色を響かせたこともあった。
楽器を取り上げられても、横笛を吹くことができたブザーは、磔にされることを恐れてはいなかった。自分が十字架にかけられて爆弾によって不条理に死ぬことは、もはやどうでもいいことのように思えてきた。石が重なりあって一つになったとき、自分の使命は終わったとブザーは思った。公園の噴水に残したミトレラや、医者の許に預けたマレデイクのことを思い出すことができなかった。もはや彼らの運命に手出しすることはできなかった。
やがて見ることになる、死を与える磔の十字架は、ブンボローゾヴィッチと釣りに行ったときに、二匹の魚が水瓶の中で動かずに交差していた記憶をブザーに呼び起こしただろうか。
ブザーは自分の死のことなど占わなかった。そんなことには何の意味はなかった。自分の死の意味を知りたいとも思わなかった。視界に花柄の覆面の男が現れ、何かを外国語の呪文のように呟いた。ブザーは男が何を言っているか、分からなかった。
占われた猫男のブザーは横笛を吹き続け、その音色はまぼろしの空のように響き渡り、世界の隅々にまで達し、笛の音を聴くことができる者だけに、優しく聴こえた。旋律は音の色彩が移り行く途中で、懐かしい夢から覚めたかのように、ふいに儚げにかき消えた。
額にハート型の模様を持つ白い猫は、時空を自由に移動して、あらゆる場所に現れた。
アレフオを乗せた海賊船の中にいた。神の王ジュリアン・サロートやドラクロワが乗った馬車の中にもいた。朽ち果てた海賊船で演奏していた「うたた寝楽団」の白象ヨーロアミルズの上で寝そべっていたし、アヴァロン・ゼーヌハートの腕の中にもいた。盗賊団の宴から抜け出したアレフオが小便をしていた草むらの中にもいた。占い族の村の人形工房の中では、人形のふりをして休んでいたし、アレフオの背後にもずっと猫はいた。
猫を乗せた乗り物、例えば馬車や船に一緒に乗れば、過去に戻ることができたし、時には異次元への入り口を開いて、人々を困惑させたりもした。決して出会うことのないはずのプーとうたたね楽団や、アレフオを襲った、もう一つの世界に足を踏み込んだ神秘的な体験のように。
占い族が必死に猫の行方を占っていたとき、猫は時空を飛んでいたために、どんな占い師でも占えなかった。
猫は宝物を見つけたかのように、大事に石を咥えて大地を走っていったが、何を思ったのか、どんな気まぐれか興味を失い、光る石を捨てて、何事もなかったかのように去っていった。
雨が降り始めた。猫は焼き魚の匂いをどこかから嗅ぎつけ、宿に入った。
雨は激しく石を打った。
石から四本の突起物が生えてきた。弱々しくもそれらは生きようとしていた。もがきながら生を掴もうとしていた。生命の雨を浴びながら、石は成長していった。草原に捨てられた光の子どもは、父と母が来るのを待っていた。
ある占い師が身を楯にして赤子を護り、やがて二人の占い師の夫妻が現われ、次から次へと占い師が集まった。その中に赤子の父と母はいた。名前は占いによって初めから決まっていた。
「ドラクロワ」
赤子に向けられた愛情は、時空の彼方であらかじめ硬く結ばれたものを、一旦解きほぐしてから、再び結んだものだった。世界では、そんな優しい約束で満ちているはずなのに。
その世界では約束されたかのように、血を流すプーも産まれてくる。それは約束としか言えなかった。占い師の息子として育ち、血を流して死に、また別の世界では眠り続け、再び産まれることを待っている。
例え、無限に繰り返される運命だったとしても、プーは、
「救済の意味など誰も知らなくてもいい」と応えただろう。
教えてくれないか、プー。救済の意味を。
以上が、私が読んだ水瓶の水面に映る占いである。
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