第72話 自分の王国を守るためにやってきた

 ミトレラは机の中央に丁重に拳銃を置いた。

 マイユに選択のときが廻ってきた。

 震える手で拳銃を取り、撃鉄を起した。深く呼吸をし、手中の拳銃を眺めていた。拳銃には死の運命が詰まっていた。マイユは口を開いた。

「僕は今まで、血を流したことがない。そのために、黄金の血が流れている。僕は王だ。運命ですら僕の前では跪く。僕には守らなければならない大切な人が大勢いる。大切な人を多く持てることが、王にとって必要な資質なのだ。僕は自分の王国を守るためにやってきた。その僕が、ここで失われるわけがない」

 僕はプーとは違うからな。拳銃を頭に向けても、マイユは落ち着いていた。その顔は穏やかで、死の使いを呼ぶ指からは、恐れは消えていた。朝食が終わった後に、ナフキンで口を拭くような、ごく自然な動作で引き金を引いた。

 死の使いを呼ぶための鐘が、頭の中を貫いた。マイユは頭から黄金の血を吹き出して、椅子から転げ落ちた。生まれてから一度も血を流したことのないマイユは、痛みの意味が何なのか分からなかったが、考える必要はもうなかった。出血した夥しい血は、床に伏せたマイユの顔に染み込み、顔の皮膚の色を金色に変えていった。


 結局、僕はお前の占いには勝てなかったよ、プー。書物に書かれたように、僕の死は決まっていたのだな。僕が死ぬことも知っていたのだな、プー。僕も机の上に金貨を投げたとき、自分の死を見てしまったよ。

 すまない、アレフオ。賭けになんか気にすることはない。ブザーのことなんてどうでもいい。僕の自己満足に付き合わせてすまない。拳銃で男の頭を打ち抜いて、この場から逃げるんだ。それにお前は、今度は自分の足だけで、爆弾をすべて避けて帰ってこなければならないんだぞ。


 アレフオは目から涙をこぼし、泣きじゃくりながら主人の名を何度も呟いた。顔面を赤く染めて、くしゃくしゃにしながら、アレフオは立ち上がった。机の上の拳銃を手にとって、見よう見まねで弾倉に弾を詰め込んだ。

 ミトレラは立ち上がった。

「おい。何をしているのです。お前の主人は負けたのです。今からお前はメーイェ様の奴隷です。それを机の上に置きなさい。奴隷が触っていい物ではありません」

「おいらと勝負してください」

 アレフオは自分の頭に拳銃を向けて発砲した。弾は発射されなかった。

 ミトレラは唖然としていたが、アレフオの行動を気に入って、拳銃を受け取った。

「奴隷の最後の闘争ということですか。死を賭けて、奴隷の身から逃れようということですね。いいでしょう。相手になってやりましょう」

 ミトレラは奴隷に自分の過去の姿を重ねていた。

 私にはできなかったことでしたね。

 ミトレラ・ピサンドラは大公妃の奴隷から、ようやく解放された。母のピサンドラ公爵夫人が、硝子の大公妃像と同化していたおまけの子オブジェウスの腕を勝手に切断して、大公妃の逆鱗に触れて、薄暗い部屋に軟禁されたときから、ミトレラは奴隷の契約の印しとして花柄の覆面を被せられ、大公妃の身の回りの世話役になった。時には、贈り物として硝子の塔に爆弾を届ける手伝いをさせられたり、何人もの囚人を処刑させられたりもした。

 ミトレラ・オゾンは自分が本当のオゾン大公の血を引く子だということを、銃声が邸内に鳴り響いた最後のときまで知らなかった。


 アレフオはマイユの言うことを聞かなかった。ブザーを助けるために地下牢への入り口を探していた。マイユの遺体を背負って、連れて行こうと思ったが、黄金の血を浴びて、黄金像になってしまったかのように、以前アレフオが借金のかわりに受け取った棺桶を整理していたときに、嵩張って棺桶の中に仕舞い込んでしまったマイユ自身の黄金像のように、マイユの体は重くなってしまっていた。大理石の床から、少しも持ち上がらなかった。アレフオはマイユを見捨てることにした。ミトレラの覆面はマイユの黄金の血を吸い取って、赤ではなく金の花柄模様になってしまった。

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