第71話 殺人ゲームの達人

 マイユはアレフオにおんぶをさせて、大公邸の中を歩かせた。どこに爆弾が仕掛けられているかは分かっているはずだったが、一応念のためということだった。

「ひどいだよ、マイユ様」

「足が震えて、爆弾が設置されているほうに、吸い寄せられてしまうんだ。こんなことなら占うのではなかった。僕は短足だから、何もしてなくてもすぐ転んでしまうし。堪えてくれ、アレフオ」

「まあ、いいですけど。ところでマイユ様、随分と軽いですね」

 アレフオは花柄の執事の肩につかまって、マイユを背負った態勢で廊下を歩いていった。その様子は、人間馬車のように見えた。


「私は、海の向こうのウィア・マリス諸島にある、ちっぽけな島国の小国家マユラの王です。大公妃陛下。私は趣味で世界を遍歴し、各地の支配者と賭けをしているんですよ。戦ではまず勝ち目はないので、別のことで虚栄心を満たそうとしている訳です。世界中の王と賭けをして、世界を手中に治めたかのような幻想を楽しんでいるんですよ。なあに、ただの遊びですよ。戦争は血が流れますからね。血が流れて喜んでいるやつは嫌いだ」と言いながら、マイユは笑った。

「ほほう。面白い方だな。あなたは」

 マイユは続けた。

「賭け事というからには、実際に賭けるものがなくては、面白くありませんよね。なあに、国を頂こうというのではありませんよ。私はその国の住人である奴隷を集めています。奴隷を賭けて、勝負をしませんか」

「乗ってみようか。面白そうだ」

「私はこのアレフオという奴隷を賭けます。一つ我が儘を聞いてもらえれば、音楽の得意な奴隷はいませんか。その地特有の音楽を聴いてみたいのですよ。笛でも鳴らせれば、いいですよ」

「おお。マユラ王殿。ちょうど横笛占い師なら心当たりがあるが。殺す予定だった囚人でもよろしいか? まだあの者は殺していないな?」

 傍らにいた花柄の覆面を被った男が頷いた。

 マイユは、大公妃を誘い出すことに成功した。

「では、やり方を説明します。この金貨を投げて、表か裏かを当てるというゲームです……」

「そんなつまらない賭けより、もっと面白いことをしよう」


 マイユが顔を上げると、机の向こう側には、大公妃ではなく、花柄の覆面の男が座っていた。

「大公妃はどこに? フィオーレ」

 言った後にマイユは失言したことに気付いた。もう一つの過去の記憶、マイユが大公国の宰相だった世界での記憶では、花柄の覆面の男は、フィオーレという名前のマイユの部下だったのである。彼がフィオーレという名前に反応していないところを見ると、フィオーレと別人であることが分かった。

 マイユは不安に駆られ、部屋を見回した。大公妃がたった一瞬で姿を消した。

「メーイェ様は、気分が優れないということで、僭越ながら、私がかわりにお相手いたします。私はミトレラ・ピサンドラと申します。以後、お見知りおきを」

 マイユは奇妙な空気に呑まれていた。何かがおかしい。アレフオは異変に気付いていないようだった。

「これはメギド様が発明された子供向けのおもちゃです。拳銃といいます。撃鉄を起して、この引き金を引くと……」

 ミトレラが拳銃を持って、部屋の隅に置いてあった鳥篭の中に狙いを定めた。激しい音が鳴り響くと、鳥篭の中で騒いでいた鳥が大人しくなった。

「弾倉に弾を一発向け、交代で自分の頭に向けて撃ち、どちらかが発砲するまで続けます……どちらかが死ぬまで」

 ようやくマイユは自分が何者かに占われていたことに気付いた。大公妃に占い師が付いていた。マイユが大公邸に乗り込んでいることを事前に知っていて、大公妃は賭けに乗ったのだった。

 マイユは虚像を見せられた。占いで大公妃に勝っている自分の姿を見せられていた。それを自分が占った結果だと信じて、マイユはとんだ道化芝居を演じて、のこのことやってきてしまった。実際にはマイユは、大公妃に謁見してはいなかった。自分が都合よく信じていた占いから、現実に引きずり落されただけだった。

 何てことだ。裏に大公妃に飼われた占い師がいる。僕を上回る強力な占い師だ。誰だ?

 僕にこんな真似ができる占い師は一体誰だ?

 マイユは必死に頭を巡らせていた。目の前の男は、僕の死を知っている。

 ミトレラは、ゆるやかに覆面を剥ぎ取り、素顔を晒した。ミトレラは歪んだ顔をしていた。そこだけ、異次元の渦が巻いているように、顔の表面が歪んでいた。恐るべきことにフィオーレの素顔も混じっていた。

「あなたもメサティックの高級信徒でしょう。例え、命のやり取りでどちらかが死ぬことになっても、私たちの犯す罪はメサティックが代わりに地獄に赴いて贖ってくださいます」

「生憎、マユラ国ではメサティックの聖証は頂いておりませんので」

「あらまあ……ではそのオゾン金貨の表と裏で、撃つ順番を決めましょう」とミトレラは言った。

 神だか何だかの血が流れて喜んでいるやつは嫌いだ、マイユは心の中で呟いた。

「私は牛の頭の表で」ミトレラは同じ言葉を二回繰り返した。

 聴こえていなかったマイユは、慌てて金貨を机の中央に放った。表が出た。

 ミトレラは迷いもなく、先行を選び、拳銃を手にした。一刻も早く死にたいとでも言うかのように、その行為に恐れはなかった。

「私は今までメギド様の養子の子供たちとこのゲームで勝負してきました。私はずっと無敗でした。このゲームに勝つにはただ、運が良いだけでは駄目なのです。倒した相手の怨念を引き受ける覚悟があること。私は引き受ける覚悟があった。メギド様が孤児院から連れてきた子どもたちには、覚悟がなかった。私ひとりが引き受ければいい。そのために私は勝ち続けました。メーイェ様が見ている前では、ゲームを拒否することはできません。死んだ子どもたちは、遊びでの事故死として処理されました。メーイェ様は子どもたちが孤児であることを信じることができなかったのです。子どもたちはみな、知らない女とメギド様の間にできた子だと、怯えながら疑ってしまったのです。今までずっと凄惨なことがこの屋敷の中で繰り返されてきました。毎晩、死んだ子供たちの夢を見てうなされます。拳銃ゲームで負けた怨霊が語りかけてきます。いっそ負けて死にたいと思ったときもありましたが、私はどうしても勝ち続けてしまうのです。勝ち続けなければならない。幼い子にそんな恐ろしい夢を見せるわけにはいかない。これは呪いなのですよ。マイユ王陛下。途中でゲームを降りることができた場所を、私はもうすでに通り過ぎてしまったようです」

 ミトレラは引き金を引いた。ほらね、と言うような複雑な表情をした。

 ミトレラがすでに何回もこの勝負に勝ってきたというのは事実かもしれなかった。怨念にまみれた、哀しき無敗の男だった。

「それでも私の呪いに打ち勝つ自信がありますか? それに加えて、こちらにも宮廷占い師がいるのですよ。あなたも占い師なのでしょう? マユラ国、そんな国は存在しない。ねえ第二代占王マイユさん」

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