第64話 大きな人間のような猫

 夜になると、別の枝から、逆さに吊るされたプーが降りてきた。逆さまのマジョーは、何が起きたか分からなかった。プーは何も言わずに微笑んでいた。

 しばらくするとプーは、僕は村の墓地を見下ろす丘が好きなんだ、と言った。そよ風が好きだ。草の中で誰にも占われずに眠ることが好きだ、と続けて言った。マジョーは私も丘を吹き抜けるそよ風が好き、と答えた。

 プーはドラクロワと一緒に海岸まで遊びに行った思い出を楽しそうにマジョーに話した。

 海辺のどこからか音楽が聴こえてきたんだ、とプーは言った。二人は音のするほうに向かって、熱い砂の上を走った。

 マジョーはプーの思い出話に、こっそり自分も加えてみた。途端に海の光景と波音と潮の香りがマジョーの周りを取り囲んだ。プーの思い出の中のプーとドラクロワはマジョーより背が低かった。二人はマジョーに背を向けて、海岸線に沿って遠ざかっていった。マジョーは焼ける砂に足の裏をつけて、プーの思い出に降り立った。これはプーの心の感触なのだ、と思い、彼方の小さく見えなくなって、透明になりそうな二人を慌てて追いかけた。こんなに楽しく走ることができたのは、今までになかったのかもしれない。

 どこかで鳴っている楽器の音を探しに僕たちは走った、と背後でプーの声がした。

 マジョーは懸命に走りながら、海原を横目で見て、空を見上げた。

 今、私はプーの話を聞きながら、海辺の思い出の中で走っているんだった。逆さまに木に吊るされていることは忘れよう、今だけは。

 耳を澄ますと確かにどこかから、陽気で美しい調べが聴こえてくる。マジョーは二人に追いついた。

 船が浜に乗り上げ座礁していた。座礁してから大分時が経っているのだろう。永いときが、船を蝕んでいた。旗があることから、どうやら海賊船であることが分かった。楽しげな音楽は船の上から、聴こえてきた。太鼓や木琴の楽しげな音の羅列に混じって、ひときわ美しい笛の旋律が聴こえてくる。ドラクロワは船に見とれていたのか、並んで立っている他人の思い出の闖入者であるマジョーに気付かなかった。プーは振り返って、マジョーの顔を眺めた。マジョーは頬が熱くなるのを感じた。

「見て。船の上から聴こえてくる」とプーは言った。

 プーの瞳の中にはマジョーの姿が確かに閉じ込められるようにして写っていた。それでは、プーは私を占って、未来の私を見ていたのだ。

 マジョーは船体を見た。船の上に巨大な白い色のものが動いているのが見えた。

「見たこともない動物だな。プー知っているか?」とドラクロワは言った。

「別の国に住む象という動物だよ。占いで読んだことがある。長い鼻を使って草を食べるんだ」

「何だ、あの大きな人間のような猫は? あれも別の国の動物か?」

「やあ。小さなお客さんだ」

 船の上にいた巨大な猫がプーたちに向かって手を振って喋った。

「猫が喋っているぞ。さすが、別の国だ」とドラクロワは感心した。

 船から縄梯子が降ろされた。プーとドラクロワは水飛沫をあげながら浅瀬を走った。

「登ってくるといい。俺たちの演奏を聴いてくれ」と猫が喋った。 

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