第53話 黄金の血が体の中を流れている

 マイユは邸を建てたときに測量士に作らせた村の測量図面を机の上に広げた。瞼を閉じ、数枚の金貨を図面の上に転がした。大半の金貨はすぐ倒れたが、その内の一枚は、蟻の巣占い師の住居の上で、いつまでも倒れずに回転し続けていた。

「ふん、ニービュックのやつめ。金がないと言っておきながら、どこかに隠し持っているではないか。アレフオ、初仕事だ。ニービュックを取立ててこい。この地図の土地に住んでいる蟻の巣占い師だ」

 マイユは机の引き出しからニービュックからの借用書を取り出し、図面で場所を確かめていたアレフオに手渡した。

 蟻の巣占い師ニービュックは、追いかけてくる借金の取立人のアレフオから逃れ、日々移動する蟻の巣が、占いでどこへ行ったかを占い、ようやく蟻の巣を見つけた。ニービュックは蟻の巣に飛び込んで、アレフオから隠れようとしたが無駄だった。すかさず蟻の巣を指先で広げ、激しく地中に蟻のように穴を掘った。アレフオは猛牛のように突進し、蟻の巣占い師の服の端をつかみ、雑巾のように持ち上げた。

「賭けで負けた金でも、借りたものは払うだよ」

 アレフオはニービュックを逆さにして数回振った。ニービュックの口から金貨が数枚、胃液とよだれにまみれて吐き出された。ニービュックは急いで金を掻き集め、「昔、パンと一緒に金を食ってしまったみたいだ。胃の中に残っていた。これで借金はなしだ」とアレフオに約束させて、涎と胃液まみれの金貨を手渡した。

 このようにアレフオは金を返さない者から、着実に金を回収していった。村に闖入した牛に追われるように、村人は逃げ回った。血こそ流されなかったが、それは経済的な凄惨な虐殺だった。鬼ごっこをする子供のように、アレフオは楽しそうに、主に旧ザナトリア派の債務者を追い回した。


「お前は思いのほかいい働きをするな、アレフオ」

 借した金が利息を含んで次々と返ってくるのを目の当たりにしたマイユは、アレフオを取立人として雇った自分の目に狂いがなかったことも相まって、機嫌が次第に良くなっていった。アレフオの働きぶりを褒めて、取立てのない日は、秘書や話し相手をさせた。アレフオが占い族の村になじむことができるように、占い師のこと、消えた族長のこと、内乱のこと、陰で行われていた賭けのことを、マイユがどのようにして占王の座を手に入れるようになったのか、などをアレフオに話していった。

「なあ、アレフオ。僕はザナトリアから借金のかたに占王の座を手に入れたわけだが、そんなものには意味はないと思うんだ。占王なんて、ザナトリアの奴が勝手に名乗っていただけだからな」

 趣味趣向を凝らしたはずが、すべて金色一色で統一されてしまった絢爛豪華な占いの間で、黄金でできた占王椅子にマイユは、仕立てはいいが、趣味については口にするのが憚って言えない類の金色の服を着て、傲慢に足を組んで座っていた。

 髪の毛は金貨占い師の名を顕すように金髪で、容姿は整っていたのに、余計なものを付けすぎていた。金色の耳飾りに、金色の靴。金色の鎖を首からさげ、金の腕輪をつけ、腕の血管まで、衣装や部屋の色に惑わされたのか、変色する爬虫類の保護色のように景色と同調して、黄金の線になって、腕のなかで何本も伸びていた。それとも、生まれつき黄金の血が体の中を流れているのだろうか。マイユはこの世に生を授けてから、一度もかすり傷一つ作ったことのない奇跡のような無敵の男だった。慎重な占いの絹糸で体を包み込み、温室のような生活を送ってきたのだろう。幼い頃に誤って飲み込んだ金貨が、少しずつ血の色に溶け込んで、無傷の運命のために血が外に出されることもなく、永遠に体内を循環して、それで血管が黄金に輝いて見えるのだろうか。


 アレフオは棺桶職人が滞在している占い師スイスイの住居に押し入った。手の中に棺桶職人の名が記載された公正証書と金銭借用書を持っていた。勝手に村の公証人になったマイユが記した公正証書だった。棺桶職人は村人でもないのに、例の内乱の賭けに乗った口だった。

 始祖神教団の棺桶職人バラモヴォリカは、棺桶の内側から鍵を掛けて、死体のように息を潜めて隠れていた。鍵外しの心得のあるアレフオは簡単に棺桶の蓋を開けてしまった。日光に耐えられないとでも言うかのように、バラモヴォリカは蒼ざめて怯えていた。傍から見れば、アレフオは墓荒らしにしか見えなかった。人間の生き血を吸うという伝説の怪物の吸血鬼を退治する勇敢な吸血鬼狩りにも見えた。

「森の近くに棺桶が積んで置いてある。借金のかたに持っていってくれ」とバラモヴォリカは手を合わせて、すがりついた。

 アレフオは笑顔で棺桶を背中で担いで、森とパピラヌス邸を何往復もした。庭の菜園の隣に棺桶を要領よく嵩張らないように縦に積んだ。菜園の隣に置いてあったマイユの黄金の像が、非常に邪魔だったので、嵩張らないように棺桶の中に寝かせておいた。蓋を閉めた後は、もうどの棺桶の中に黄金像を仕舞い込んだか分からなくなってしまった。

 この日からマイユは死をも司るようになった。

 賭けで荷馬車も売り払っていたバラモヴォリカは、自分が入ることになる棺桶を担いで、オーゾレムの北に帰っていった。最後に占い師に自分の死がいつ訪れるか、占ってもらいたかったが、バラモヴォリカは未来の自分の死を買う金を持っていなかった。


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