第52話 もう一度新しくあなたと私との間に

 森の中で、逆さまのマジョーは眠っていた。断食占い師にバビリッシュの秘密を打ち明けた夢を見ていた。この子はトロイじゃないの。硝子の塔の汚れた娘の子なの。私がすり替えたの。マジョーに騙されていたことをようやく知った断食占い師は、二度とマジョーに会いに来なかった。断食占い師は永遠に断食し、最後に死によって逆に喰われた。母親の後を追うように、バビリッシュも餓死した。木に吊るされたまま、マジョーは泣き続けた。森の木々は生い茂り、マジョーの泣き声を、村から遮るようにして繁みで覆い隠した。誰にも聴こえないように。

 悲しい夢だった。本当は、これは夢などではなく、これから未来に起こる占いの世界なのか、あるいは、すでに起こった過去の出来事を、マジョーが容認できないだけなのか、マジョーは判別することができなくなっていた。

 ただマジョーは夢の涙を、目覚めた世界に連れてきて、静かに泣いていた。

 落葉した葉が吸い寄せられるようにして、マジョーの体にまとわりつきながら、頭上に広がる地面のほうへと誘われていった。

 突然、髪の毛を引っ張られ、束ねた髪がほどけた。マジョーは慌てた。まさか、ヒトクイムシでは、とマジョーは恐れた。断食占い師は死んだ。ここにはもう誰も来ない。誰か助けて、と声を張り上げて、見張りの占い師に知らせようとマジョーは思ったが、これは、罪を喰いにくる虫だ。私の刑が執行されるのだと思い至り、マジョーは死に喰われることを覚悟した。

 なかなかヒトクイムシが登ってこないので、恐る恐る地面のほうに目を向けると、バビリッシュの幼い姿が見えた。バビリッシュの可愛らしい瞳と目が合った。バビリッシュは必死に背伸びをして、マジョーの頭に触ろうとしていた。

 バビリッシュ。

 死んでも私に会いに来てくれたの? 

 バビリッシュ。私の腕の温もりを覚えていてくれたの?

 マジョーの目から涙が溢れた。流れ落ちた涙は、下にいたバビリッシュの顔を濡らした。カル・ストーカーがラヴディーンと名付けられた日に、ラヴディーン・ストーカーがマリアレスの涙によって溺れそうになったときのように、バビリッシュ・ストーカーは涙に溺れそうになりながら、それでも背伸びをして、懸命にマジョーの頭に触れようとしていた。

 マジョーはそばに断食占い師が立っていることに気付かなかった。マジョーは泣きながら、断食占い師を見上げて、この子はあなたの子じゃないのよ、あたしが他人の子とすり替えてしまった、と打ち明けた。自分がとんでもない告白をしたことにマジョーは気付かなかった。

 断食占い師は頷いて、口を開いた。

「分かっていた。あなたが濡れ衣を着せられたことよりも、別のことに苦しんでいるのを知っていた。それを占いで知ろうとは思わなかった。あなたの苦しみが何なのか、占いで盗み見るような真似はしたくなかった。私はひたすら断食した。断食をした後に食べる干した葡萄を入れた柔らかなパンが、『マジョーの受けた苦しみを、あなたも自分のことのように味わいなさい、私を食べながら』と私に言った。私はパンの言うことに従うことにした。毎日あなたに寄り添って、あなたと同じ苦しみを味わいたかった。あなたの苦しみは私の苦しみでもあるの。ありがとう。本当のことを言ってくれて。この子はあなたと私のために、もう一度新しくあなたと私との間に、生まれ直してきてくれた子よ。トロイでもなく、バビリッシュでもなく、この子の名前はプーよ」

 断食占い師ミィサはマジョーに優しく言った。

 木立を抜けて、祝福を送るようにささやかな風が吹き、緑の葉が音を立ててそよいだ。

 マジョーは息を詰まらせて流した涙が、後悔と苦しみの涙が、いつの間にか、心に滲みて安らぎを与えてくれる成分の涙に変わっていったことに、気が付かなかった。

 無慈悲のために周りの木々は佇んでいたのではなく、本当は慈愛によってマジョーの心の岸辺へと、木々は繋がっていたのだということも、マジョーには分からなかった。

 ミィサの赦しの言葉の前では、泣いていることさえ覚えていなかった。

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