第51話 使うのも忘れてしまうくらい美しい金貨

 占王ザナトリアは、村の様子が一変していることにやっと気付いた。今まで感じることができなかったオゾン通貨の臭いが村中に蔓延っていた。ザナトリアは占い族の内乱の裏に巨大な賭けが存在していたことに気付かなかった。

 初代占王の息子のザナンタは賭けに負けて多額の借金を抱え込んでいた。

 占い族の村では、賭けに勝った者と、負けた者との間に金銭の貸し借りが生じ、貧富の差が存在していた。多くの金が村人たちの手から手へ、際限なく手渡され移動するときの摩擦によって生じた臭気が、村全体に見えない煙のように立ち込めていた。

 ザナトリア派の蟻の巣占い師を筆頭にした占い師たちは、内乱の賭けに負けて、膨大な借金だけが残された。内乱の勝利者は誰か、という最後の賭けで、彼らはザナトリア派の身でありながら、深読みしすぎたのか、みな族長代理派に賭けていた。或いは、「我らの陣営は、ザナトリア派はもう限界なのだ」と誰もが思った末の決断だったかもしれない。ザナトリア派の中核を担うザナトリアの取り巻きの連中は、土壇場でザナトリアを見限って、ブンボローゾヴィッチに賭けて、すべてを失い破滅した。信念の弱さが彼らの敗因だった。

 その点、最後に味方が一人もいなくなったにも関わらず、敵陣から卵占い師が離脱したことは大目に見たとしても、孤独の果てに果敢にも自分の占いだけで、ブンボローゾヴィッチに勝つことができたザナトリアは、帝王の器に相応しかったかもしれないが、占いの神が、ザナトリア派の卑怯者に手痛いしっぺ返しを与えるために、敢えてザナトリアを仮初めの帝王にしただけかもしれない。どちらが真実かは分からなかった。ただザナトリアが占王を名乗ることができたのは、ほんの一瞬の短い間だけだった。あたかも空に向かって投げられた壷が地面に落ちて、破片になって散らばるまでの間の、ほんの短い一瞬だった。

 ブンボローゾヴィッチは闘いに敗れて、族長代理と名乗ることを禁じられ、彼を族長代理と呼ぶ者は誰もいなくなっていった。


 本当に占いの力のある者だけが、大金を手にしていた。内乱は占い師たちの価値観が変わってしまった出来事だった。内乱の真の勝利者は、賭けで勝って、金を大量に貸していた男だった。

 初代占王はザナンタの借金を債権者に返すために、占王の座を売ってしまった。

 占王の座を譲り受けて、第二代占王になったマイユ・パピラヌスは金貨占い師で、高利の金貸しとして、村の者から金をせしめていた。賭けに勝つために打ってつけの占いで、金を呼び寄せる才覚に長けていた。

 金を失った村人が空の財布から目をあげた一瞬に、いつの間にか、賭けの勝ち金と高利の債権でこさえたマイユの大豪邸が出来ていた。

「金貨は美しい。その輝きに見とれて、使うのも忘れてしまうくらいに美しい。御機嫌よう。僕が第二代占王のマイユ・パピラヌスだ」


 門には、一枚の金貨を持った雄雄しいマイユの黄金の像が建てられたが、マイユの金貨占いでは、トマトの汁と果肉まみれになったマイユの黄金像が、金貨の中に映し出された。怒った村人たちの腹いせにトマトの的にされる運命にあったのだ。マイユは慌てて、黄金像を降ろして庭の中に避難させた。念のために、菜園のトマトの苗もすべて引き抜いてしまった。

 借金を返さない貧乏人から金を取り立てるには、小柄なマイユは向いていなかった。

 マイユは専属の取立て人を雇うために、オーゾレムの都の一角に広告を出した。その途端に人相の悪い男どもが占い族の村に次々とやってきた。占王邸の前で行列を作り、パイプを吹かしたりしながら、門が開くのを待っていた。面接の結果、盗賊団「黒猫の舌」にいた男が雇われた。

 名をアレフオといった。皮膚の色は浅黒く、筋肉は鍛え抜かれていた。アレフオはウラギョルの嘘の占いと謀計で「黒猫の舌」が眠りの騎士団を襲撃する日の前夜に、何かを感じて盗賊団を独りで抜け出したのだという。その前は海賊船に乗っていて、そのまたその前は幽霊船に乗っていて、さらにそのまたその前は、無人島でヤシの実から生まれたのだという。履歴書にこのようなことを書いたアレフオに、占王マイユは興味を持ち、借金の取立て人に採用した。


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