第50話 暁の占王時代に移り変わった

 逆さに吊るされたマジョーのもとを、断食占い師は献身的に通った。マジョーの髪は長くなって地面に広がっていたので、森のヒトクイムシが髪を伝って登り、体を食い千切って傷跡の奥深くに巣を作ってしまわないように、孔雀の羽をつけた髪留めで髪の毛を束ねてやった。ありがとう、とマジョーは礼を言った。これくらいのことしかしてやれないけど。

 マジョーは断食占い師が差し入れた食事を断った。胃の中に入った食べ物はそれ以上登っていかないのだと、マジョーは洩らした。マジョーの体の時は止まって、何も食べなくてもすむようになっていた。頭に血が溜まることもなかった。

「あなたは断食しなくてもいいのよ?」

 マジョーはバビリッシュとトロイを入れ替えてしまった罰を受けているのだと確信していた。

 神にまぶたを閉じさせるという罰を人間が与えてしまったことの罰を受けているのだと。マジョーはそのように吊るされることを受け入れていた。

 マジョーに濡れ衣を着せるために、神は占い師に偽の占いを占い判事に授けた。

 マジョーは断食占い師の子トロイがプーの子バビリッシュにすりかわっていることを、断食占い師に言うべきだろうか迷っていた。断食占い師とバビリッシュが、二度とマジョーに会いに来なくなることも、マジョーは受け入れようと思っていた。自分のことはいい。でも断食占い師は、深く傷つくだろう。子どものことは、アマリアとのやり取りで元に戻せば片がつくだろうが、マジョーの友情や親切がすべて嘘のために作られていたことに、断食占い師はひどく打ちのめされるだろう。黙っていたほうがいいのだろうか。トロイが成長したときに、断食占い師は気付くだろうか? 獣のジャッカルと断食占い師のどちらにも似ていないということに。カードを持つことを禁じられたマジョーに、人の心も子供の未来を占うことはできなかった。すでに占い師ではなく、ただの吊られた女だった。マジョーは永遠に黙っていることにした。

 きつく締められた足首の下には、葉の間から青い空が見え隠れしていた。縄が断ち切られたら、遮るものが何もない空を永遠に落ちていくのだろうか。太陽の放つ光の眩しさを目に浴びるという拷問が待っているのだろうか。目の痛みに発狂して死にそうになったときに、月が空の色を闇で塗り替えて、一時の間だけマジョーを救ってくれるのだろうか。眠りながら星空に向かって落下して、明日になって目覚めれば、拷問人のように太陽は朝を告げて、熱せられていく光の中心へと醒めない悪夢のように落ち続けるのだろうか。太陽に帰る踊り子ベリセシアのように。


 ブンボローゾヴィッチとザナトリアの闘争は毎日のように繰り返された。殴り合いの喧嘩で最後まで立ち続けた者が勝利者だったが、内乱は終わることがなかった。二人の占い師は必ず、同時に気絶した。それが毎日続いた。

 一日の闘いが夕陽のどの位置で終わるか、占いで競い合って賭けをする者も現れた。雲占い師の家の屋根、櫓、村のとんがり塔、太陽の寝台というように。

 賭けに勝つことは、即ち占いの才能があることに等しくなった。

 ブンボローゾヴィッチたち族長代理派のものはザナトリアの攻撃の手を占いで読み、ザナトリア派の占い師たちも同じようにブンボローゾヴィッチを占った。

 ザナトリア派の占い師が、素手では決着は付かないと思い、ザナトリアに青銅の剣を持たせたが、族長代理派の占い師は、ザナトリアが剣を手にしたことを占いで読み、ブンボローゾヴィッチにさらに硬度の高い鉄と銀を混合させた剣を持たせ、ザナトリアの攻撃に耐えうるように白銀で覆った鋼の鎧を纏わさせ、念入りに水晶製の盾を左腕に装備させた。

 次の日のザナトリアは、完全武装のブンボローゾヴィッチにかなり苦戦を強いられたが、何とか相打ちまで持ち堪えた。

 族長代理派の卵占い師の占いが、戦況を左右する要になっていることに気付いたザナトリア派の蟻の巣占い師は、密かに一人の幼い占い娘を刺客として、鶏小屋に差し向けた。

「鶏と卵はどっちが先にこの世に誕生したの?」と占い娘は卵占い師に質問した。

 卵占い師エイン・エイエンが答えの無い問いに悩み抜き、三日間寝込んだ挙げ句に、蝋の画材を使って描いた「卵鳥」と名付けられた、黄色と白の世にも恐ろしき怪鳥の絵を占い娘に見せたとき、その「卵鳥」のあまりの不吉な姿に、哀れ占い娘は魂に深い傷を負い、画用紙を抱きしめながらその場で気絶してしまった。卵と鶏が混じり合って、悶絶の夜の中で誕生した、決して見てはならない魔物の幼鳥を直視した呪いで、占い娘は「卵鳥」が折り重なった布団を被って震えている凶夢を三日間見続けた。

 戦いはすでに終わっていた。卵占い師エイン・エイエンが三日間占いから離脱したことで、ブンボローゾヴィッチはザナトリアの果てしのない剣戟の後の最後の足払いを読むことができなかったのだ。ブンボローゾヴィッチは足元を掬われ、地面に尻餅を着き、尾骶骨を骨折した痛みで気絶してしまった。

 気を失ったブンボローゾヴィッチが、鎧がぶつかり合う音を立てて倒れたとき、ザナトリアは倒れずに立っていることができた。

 ザナトリアは新しい一族の長になった。戻ってこない族長のために、代理など必要ないと判断し、族長という呼び名を名乗ることもなく、自らを初代占王ザナトリアと名乗った。

 壷を満たした勝利酒を豪快に飲み干して、空になった壷を両手で掲げた占王は、雄叫びを挙げて、自分の象徴である壷を空に向かって投げた。

 長い族長時代が終わり、新しい暁の占王時代に移り変わった瞬間だった。

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