第49話 最もカツラが必要な旅人の頭の上に

 大公の都に探偵事務所を構えるアヴァロン・ゼーヌハートは、オゾン大公妃の命を受けて、盗賊の女首領フィガロを生け捕りにするために、盗賊団「黒猫の舌」と謎の騎士団が争ったとされる戦場を目指していたが、そんなものはどこにもなかった。すれ違った旅人に訊いてみても、「戦いはあったそうだが、どこであったかは知らない」と皮膚の白い象の上に跨っているアヴァロンを見上げて答えた。

「もうどこかにまとめて埋められたか燃やされたと思うよ。盗賊がいなくなったので、安心して旅ができるよ」

「女首領のフィガロは死んだか、知らないか?」とアヴァロンは象の上から訊いた。

「分からないな」

 象は長い鼻で、旅人が被っていた帽子を取り上げた。

「返せよう。おいらの帽子を返せよう」

 アヴァロンは馬が怖いという理由で馬車に乗るのを断り、かわりにオゾン大公の屋敷の部屋の中で飼われていた白象をメーイェ大公妃の許しを得て借りた。

 何でもこの象は、大公国の象学者が認める神聖視されている貴重な白象なのだという。

「象はいいぞ。移動する速度も早くないし、怖いどころかとても愛嬌がある。おおっと、餌の時間だな。たっぷり草を喰うがいい。水浴びもしなきゃな。おっと私を下ろしてからにしてくれよ。私まで濡れてしまう。おや、もうお眠りの時間なのか?」

 可愛い象に揺られて、のんびり旅をしているうちに、戦場から死体はなくなり、血の跡もすっかり雨で流されてしまっていた。どこが戦場なのか特定できなかった。

 白象は旅人から強奪した帽子に飽きたのか、上に跨っている乗り手のアヴァロンの頭に被せてやった。

「この帽子、濡れているけれど、鼻水か?」


 旅人は「盗賊団『黒猫の舌』がいないから安全に旅ができるのに、今度は白象に取られてしまった、新手の盗賊団『白象の鼻』だ」と喚いていた。白象が帽子を旅人に返すつもりがないのだと分かると、アヴァロンは旅人の足下に向かってオゾン金貨を落とした。

「お前の帽子を買った」

 そのようにして、白象は旅人の帽子を手に入れた。

 アヴァロンは困り果てていた。「黒猫の舌」やフィガロの消息がどうであるかを全くつかめなかった。オーゾレムの北方、パピラヌス公爵家の治める領地、ブリューギャル地方まで来てしまった。宿場町の道往く人々は白象に乗ったアヴァロンを珍しく眺めた。

「フィガロはおらんかね?」とアヴァロンは空しく呟いた。

 象の鼻が小刻みに震えているのが見えた。道往く人の頭上のものを、取り上げたい衝動に駆られているようだった。たまらず象の鼻は前方に伸びて、前から歩いてくる傭兵が被っていた兜を奪い、今度は象と並んで歩いていた婦人の頭の上に、摘まんだ兜を載せた。頭が急に重くなった婦人は短く悲鳴を上げてその場に座り込んでしまった。気を良くした象は、他人の通行の邪魔をしていた商人の髪の毛を、すべてを見透かす鋭い眼光で睨みすえると、伸ばした鼻で商人の頭からカツラを奪い取り、最もカツラが必要な旅人の頭の上に贈り物のようにカツラを乗せた。

 人様の頭の上のものを勝手にすり替えて遊んではならん、とアヴァロンは白象に注意しつつも、人間の髪の毛がカツラであるかどうかを一瞬で見抜く才能を白象が持っていることにアヴァロンは気付いていた。

「失踪者を探すのは、俺より占い師のほうが向いているのだけどな。探偵では限界があるな。もう無理だ。占い族の村を目指してみるか。フィガロがどこに行ったかを、金を積んで占い師に訊こう。象に乗ってだと、一年くらいかかるかもしれないがな。まあ、のんびり行こう。ブザーやブンボローゾヴィッチは元気かな。ネビアはどうしてるかな?」


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