第48話 疚しさを置き去りに

 怯えた四人の女たちは、それぞれが手に花を持って、縦に並んで川沿いの墓地に向かって歩いていた。友人のネビアとインダの墓と、彼女らの偶像であるプーに花を供えるために。

 占いの力が微弱な彼女たちは、客を取ることができず、毎日、墓参りくらいしかすることがなかった。彼女たちの人生は死者を弔うことに限られていた。墓守のような人生も悪くない。

 風が吹き渡る草原を背景に、女たちの髪はなびき、髪がどのように揺れるかなんて、誰も占おうとしなかった。村では内乱が勃発し、彼女たちは村に帰りたくなかった。彼女たちの半分はザナトリア派の父を持っていたため、村では声を交わすことが禁じられていた。

 いっそ墓守一族と名乗って、占い族と袂を分かとうかしら。プーを神として崇拝して。

 この花の一本一本に、ネビアは生まれ変わっているのかしら、と花に顔を近付けた女は言った。花の香りが漂い、付き人のような黄色い蝶が、花を持つ彼女たちを追った。

 女たちはおろか占い族のほとんどが、転生の占いを扱えなかった。生まれ変わりがどうなっているか、まともに占うことができる占い師は、村には片手の指の数にも満たなかった。

「プー。死んだプーとは別に、あのとき、生きてたプーもいたわよね」

「何、言ってるの?」

「あう……」


 死者のネビアのことは話題に上っていたのに、いまだ生者で囚われ人のマジョーについて、彼女たちは話し合わなかった。それぞれが胸の奥で、いばらのような痛みを、心臓に巻きつけて、個人的な苦しみを誰にも打ち明けなかった。言葉に出すことが、もはや罪悪のように思い込んでしまった。疚しさとは一人で共存しなくてはならない。

 道草占い師を殺そうと思ったことは、四人全員にあった。たまたまマジョーの足が速くて、誰も追いつけなかった。追いついたときには、かけっこをしていたことなんか、記憶喪失になったふりをして忘れていた。プーの死を救えたかもしれない花占いのネビアに、石つぶてを投げた六人の女たちは、たまたま、投げるのが上手かったマジョーとインダに、すべての石を押し付けてしまった。二人の生者と死者にすべての石を投げた責任を負わせてしまった。疚しさという赤子は一人で育てなければならない。

 これはそんなに苦しいことではない、いつかこんな感情は消えてしまうだろうと女たちは思うようになった。心の裡に秘密の亡骸を抱えて、悩みの白骨を決して友人に打ち明けようとはしなかった。苦しみから逃がれたいばかりに、慰めを得ようとすること。今度はその疚しさで、疚しさはもっと膨らんでいくかもしれない。向き合った四人の疚しさを、お互いの前にさらけ出すことで、誰かから疚しさを取り上げてもらおうというそんな思い上がったことはできなかった。お互いが何を思っているのか詮索することも疚しかった。占いを持ち出すことは論外だった。それ以前に、怯えた彼女たちは、もう人の心も占えないだろう。

 マジョーが死ぬこともない。刑が終わるのもまだずっと先だ。彼女たちは自分の力では、どうすることもできないことを幼さのせいにして、永遠に少女でいることを願った。彼女たちは、できるだけ見えない場所に、物置の奥の壁と箪笥のもっと奥に、埃まみれになりながら手をもっと奥に伸ばして、虫しか知らない埃の砂漠に、疚しさを置き去りにしたかった。


 そのために彼女たちの受けた罰の一つを挙げると、彼女たちは名乗ることが許されなかった。彼女たちには生れ落ちてから今まで当然名前があった。それなのにもかかわらず、彼女たちを産んだ母も父も、彼女たちから産まれてきた子も、彼女たちを愛した恋人たちさえも、彼女たちの名前が何であったかを思い出せなかったのだという。初めから知らされていなかったのかもしれない。それでも彼女たちは死ぬまで幸せに暮らすことができたのだという。


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