第45話 想像を絶する旅

 人形占い師は目を伏せて、首を振った。

「そのために、この村の墓場には何体か人形が埋まっている……誰も私が作った人形だとは気付かないのだ。人形の主は今もどこかで生きている。私にはそれが良いことだとは思わない。棺桶の中に残した人形のことを考えない日はないだろう。夢にうなされて、起きたら棺桶の中に人形のかわりに自分が入っているかもしれない。傍らに人形が書き残した手紙が置いてある。棺桶の中は暗いから、手紙の文字を読むことはできない。そのために誰かが、読むことのできない君に代わって、君の耳元で手紙を読むだろう。君が一番よく知っている声で……お前はプーの何を見たのだ。あの血が偽物だったと言うのか?」

 人形占い師は、人形のような底の知れない人工的な瞳でネビアを威圧した。

 ネビアは身震いしたが、勇気を弓のように引き絞って言い放った。

「プーは誰にも本当のことは言うな、とあなたに言っているだけかもしれない。お願い、人形を作って頂戴」

 人形占い師は、愚かな女だとでも言うかのように頭を振った。

「私の占いを、君の花占いで乗り越える気があるなら、人形を作ってやろう。借り物の体を与えよう。ここからは想像を絶する旅になるだろう。二度と村に戻って来てはならないよ。もう一度言おう。プーは死んだのだ。それを理解できないというのなら、ネビア、君自身の占いで確かめてくるがいい」

 誰のものでもない目で、ベーテの人形工房の窓から、中の様子を覗いてみると、あらゆる人形たちが泣いているのが見えた。


 ネビアの葬式がしめやかにあげられた。

 ネビアは自分の葬式の前夜、人形占い師の工房から、毛布にくるんだ自分の人形を家まで運び、椅子に座らせた。卵占い師から買った鶏の首を刎ね、流れる血を自分そっくりの人形の口の中に注ぎ込み、一緒に毒になる花の粉を血に混ぜて飲ませた。人形は血を吐いた。まるで生きているようだった。何故自分が血を吐いたのか、自分がどのような者の利己のもとで死んでいくのか、人形には永遠に分からなかった。人形の目からは涙さえ溢れた。

 花に飾られた人形の葬儀だった。ネビアの父親は娘の突然の死に怒り、母親は泣き崩れた。人形だということに気付かない親は愚か者だった。取るに足らない存在だったネビアの死を、村のものは誰も占わなかった。誰かが占っていれば、未然に自殺を防げたのに、と両親は悔いたが、ネビアを占うような恋人もネビアにはいなかった。

 ネビアはもう誰にも占われることもなく、自由と孤独を一緒に首飾りにして、二度と占い族の村には戻らなかった。


 ネビアの葬式が終わった数日後、インダが人形占い師の工房を訪れた。

「あら、どうしたの? インダ、怖い顔なんかしちゃって。あら、いやだ。その気持ちの悪いものを何とかして。綺麗な首飾りだと思ったら、動いているじゃないの。びっくりした。ムカデが好きだなんて、あんた、変わってるわね」と女の姿をした人形占い師は言った。

 インダの首の周りを何十匹ものムカデが、規則正しく折り重なるようにして這って、全体でムカデの首飾りを形成していた。不思議なことに首から取り外しても、繫ぎ目も無いのにも係わらず、ばらばらにはならなかった。

「私にも人形を創って頂戴。ネビアのように。私の占いムカデが、ネビアはここに来たと言っている」

 インダの肉感的な赤い舌に張り付いていた一匹のムカデが、宿主であるインダの意思を無視して喋ったかのようだった。


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